2016年03月05日

おそれ


「おそれ」は,

恐れ,
怖れ,
畏れ,
懼れ,
虞れ,

等々,とさまざまな字を当てる。意味は,辞書(『広辞苑』)には,

恐怖,恐れ,
よくないことが起こるのではないかという心配,不安,
かしこまること

で,一般には,「恐」を当て,不安の意味の時は,「虞」,かしこまるには「畏」もあてる,とある。

和語の「おそれ」の語源は,

「おす(押,圧)+る(再動詞化)」

とあり,

「心に圧迫を受け続ける」

という意味になる。『古語辞典』を見ると,「おそれ」は,

「平安中期頃に,上二段活用のオソリから転じて成立した形」

とあり,「おそり」には,

「奈良時代から平安初期にかけて上二段活用,平安中期から一般には下二段活用に移ったが,漢文訓読には伝統的に上二段活用も使われた」

とある。つまりは,

「畏れる所以」ではなく,「畏るる所以」

と使ったということか。和語では,「おそれ」だが,漢字は,「おそれ」を細かく意味を使い分ける。

「恐」は,未来を怖るるなり,助詞に用ひて,大抵此くならんと気づかうに,恐らくは此の如くならん,といふなり,
「懼」は,恐懼,疑懼,震懼と連用す,恐怖するなり,
「畏」は,おそるるの甚だしきなり,敬の字の義を帯ぶ。古は,威の字と通用す。畏敬,畏服と連用す,
「怖」は,おどすとも訓む。わけもなく,怖じおそるるなり,
「惶」は,おそれあわつるなり,恐惶,驚惶と用ふ,
「怯」は,臆病なること,
「慄」は,おそれてぞっとする,
「悸」は,心動くなり,胸騒ぎ,

等々と,同訓異議語を,整理する。同じ,心を圧迫するにしろ,

恐怖
なのか,
不安
なのか,
畏まる

のかでは,意味が違うし,その圧迫で,

慌てる
のか,
怯える
のか,
おどされる
のか,
ぞっとするのか,

で,また微妙にニュアンスが違う。しかし,どうやら,ほとんど「恐」の字を当てて,丸めてしまっているらしい。だから,

恐い
も,
恐れをなす
も,
恐れ多い
も,
恐れ入る
も,
恐れながらも,

ほぼ,「恐」で通用させる。そのくせ,日本人の感性は,微妙で繊細などと,臆面もなく言う。僕は,

ことばによって見える世界が違う,

と思っている。日本人が自己意識で,繊細というほどに,言葉を些事にこだわって使い分けているとは思わない。

やばい,
かわいい,

で,ほとんどが通用するのは,今日に始まったことではないのではないか。言葉を丸めるとは,微細に違う現実を写しだす言葉の細部にこだわらないということであると同時に,その場に,その文脈にいる人との間だけで,ニュアンスが伝わればいいと思っている,というふうにしか思えない。

因みに,「恐」の字は,

「上部の字(音 キョウ)は,『人が両手を出した姿+音符工』からなり,突き通して穴をあける作業をすること。恐はそれを音符とし,心を加えた字で,心の中が突き抜けて,穴のあいたようなうつろな感じがすること」

とある。

「怖」の字は,

「『心+布』で,何かに迫られた感じで怯える」

「畏」の字は,「田(鬼の首)+爪」で,

「象形文字。大きな頭をした鬼が手に武器を以ておどすさまを描いたもので,気味わるい威圧をかんじること」

とある。我が国で,「かしこまる」「おそれいる」意に使うのは,わが国特有で,原義からは外れる。「畏」のもつ「心がすくむようなさま」から転じたものとされる。

「懼」の字は,

「瞿(く)は,『目二つ+隹(とり)』の会意文字で,鳥が目をきょろきょろさせること。懼は,『心+瞿』で,目をおどおどさせる不安な気持ち」

「虞」の字は,

「『虍(とら)+音符呉』で,もと虎のようにすばしっこい動物のこと。ただし普通はあらかじめ心を配る意に用いる。」

とある。

現代の中国は知らず,少なくとも,かつて中国は,物を細部にわたって分化し,名づけていた。そのおかげて,われわれも,ものごとの機微を知ったに違いない。そのことは,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/406309247.html

で触れた。

参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:40| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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