2016年03月08日

対米路線


孫崎享『戦後史の正体』を読む。

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著者,孫崎享氏は,

「1966年に外務省に入り,…ソ連に5年,…イラクとイランにそれぞれ3年…,その間,東京では主として情報分野を歩き,情報分野のトップである国際情報局長もつとめた」

が,7年間の防衛大学校教授の間,戦後の日本外交しを研究する機会を得て,

「その中でくっきりと見えてきたのが,戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は,米国から加えられる圧力と,それに対する『自主』路線と『追随』路線のせめぎ合い,相克だったということです。」

ということである。アメリカは,

「他の国をどう使うかをつねに考えています。当然,日本もその戦略のなかにふくまれます。(中略)
 将棋の盤面を考えていただければよいと思います。米国は王将です。この王将を守り,相手の王将を取るためにすべての戦略が立てられます。米国にとって,日本は『歩』かもしれません。『桂馬』かもしれません。『銀』かもしれません。ときには『飛車』だといってチヤホヤしてくれるかもしれません。それは状況によって変わるのです。
 しかしたとえどんなコマであっても,国際政治というゲームのなかで,米国という王将を守り,相手の王将を取るために利用されることに変りはありません。」

コマである日本の対処法は,2つである。

一つは,圧倒的に強い米国のいうとおりにしよう,そのなかで多くの利益を得よう,という追随路線,
もう一つは,日本独自の価値がある。どこまで自分の価値を貫けるか,それが外交だ,という自主路線,

著者自身は,後者の立場を取る,という。そして,

「戦後の日本外交は,米国に対する『追随』路線と『自主』路線の戦いでした」

と,さらに,

「『対米追随』路線と『自主』路線,もっと強い言葉でいえば,『対米従属』路線と『自主』路線,このふたつのあいだでどのような選択をするかが,つまりは戦後の日米外交だったといえます。」

といい,一つの例を示す。著者が駐イラン大使であったとき,イランのハタミ大統領訪日を計画し,あわせて,イランのアザデガン油田の開発権を得ることになった。推定埋蔵量260億バレルという世界最大規模の油田である。しかし当時イランと敵対的な関係にあったアメリカは,それ対して圧力をかけてきた。結果として,開発権を放棄することになる。その開発権は中国に渡る。イランのラフサンジャニ大統領は,著者に,こう言ったそうである。

「米国は馬鹿だ。日本に圧力をかければ,漁夫の利を得るのは中国とロシアだ。中国とロシアの立場を強くし,逆に同盟国である日本の立場を弱めてどうするのだ。」

しかし,

「多くの政治家が『対米追随』と『自主』のあいだで苦悩し,ときに『自主』路線を選択した。歴史を見れば,『自主』を選択した多くの政治家や官僚は排斥されています。ざっとみても,重光葵,芦田均,鳩山一郎,石橋湛山,田中角栄,細川護煕,鳩山由紀夫などがいます。意外かもしれませんが,竹下登,福田康夫も,おそらく排斥されたグループに入るでしょう。外務省,大蔵省,通産省などで自主路線を追求し,米国からの圧力をかけられた官僚は私の周辺にも数多くいます。」

と。そして,前記のアザデガン油田の開発をめぐっては,チェイニー副大統領みずから,先頭に立ち,開発権獲得に動いた日本人関係者をポストから排除している,という。

「日本の首相とか外相といった,自分と同じレベルの人物への圧力だけではありません。現場で動いていた人たちが,副大統領からの排斥の対象となっていたのです。
 この事実を知ったとき,米国という国の凄さを感じました。」

その著者による,「1945-2012」とサブタイトルをつけた,本書は,

「米国からの圧力とそれへの抵抗を軸に」
「米国に対する『追随路線』と『自主路線』の対立という視点で」

戦後史全体をみようとするものである。その視点でみると,一種悪名高い,

岸信介,

も,自主路線の故に,政権を降りざるを得なくなった所以がよく見えてくる。逆に,戦後の対米従属路線を確定したものとして,

吉田茂,

の裏面が見え,田中角栄が,アメリカのから葬りさられたという視点から見れば,

三木武夫,

の別の顔が見えてくる。その意味では,最近の例でいえば,

鳩山由紀夫,

が,「最低でも(普天間を)県外」といったことで,よってたかって潰されたのが思い出される。このとき,急先鋒になった,大新聞社(朝日新聞と読売新聞)は,また,田中角栄追い落としの時にも,重要な世論作りを担っている。

著者は,ポイントを次の3点に絞って整理している。

①米国の対日政策は,あくまでも米国の利益のためにあります。日本の利益とつねに一致しているわけではありません。
②米国の対日政策は,米国の環境の変化によって大きく変わります。
③米国は自分の利益にもとづいて日本に様々な要求をします。それに立ち向かうのは大変なことです。しかし冷戦期のように,とにかく米国のいうことをきいていれば大丈夫だという時代はすでに20年前に畢っています。どんなに困難でも,日本の譲れない国益については主張し,米国の理解を得る必要があります。

日本の長期政権は,吉田茂,池田勇人,中曽根康弘,小泉純一郎,いずれも対米追随路線である。著者は,こういう。

「日本社会のなかに『自主派』の首相を引きずりおろし,『対米追随派』にすげかえるためのシステムがうめこまれている」

と。そのひとつは,検察。特捜部は,

「前身はGHQの指揮下にあった『隠匿退蔵物資事件捜査部』です。終戦直後,日本人が隠した『お宝』を探し出しGHQに差し出すのがその役目でした。したがって検察特捜部は,創設当時からどの組織よりも米国との密接な関係を維持していました。」

いまひとつは,報道機関。

「米国は政治を運営するなかでマスコミの役割を強く認識しています。占領期から今日まで,米国は日本の大手マスコミのなかに,『米国と特別な関係を持つ人びと』を育成してきました。…さらには外務省,防衛省,財務省,大学のなかにも,『米国と特別な関係をもつ人びと』が育成されています。」

だから,田中角栄の時も,小沢一郎の時も,鳩山由紀夫の時も,マスコミは連動して強力なキャンペーンを張り,追い落としに大いに役割を担っている。

しかし,著者は,カナダの例を,締めくくりに出す。

アメリカで北爆反対の演説をしたピアソン首相は,ジョンソン大統領につるしあられた。しかし,カナダ国民は,

外務省をピアソンビルと呼び,
国際空港を,トロント・ピアソン空港と名づける,

「米国へ毅然とものを言う」

という強いメッセージを込めている,と(恐らく願望を込めて)著者は言う。

参考文献;
孫崎享『戦後史の正体』(創元社)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:01| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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