2016年03月14日
袖
袖というのは,辞書(『広辞苑』)によると,
衣手(そで)の意。奈良時代には,ソテとも,
と注記がある。『語源辞典』には,
「ソ(衣)手」
とあり,こう注記する。
「上代仮名遣いが,甲乙矛盾するのが難点ですが,他に適した説がみつかりません。」
と。で,
「衣の手の部分」
の意とし,異説として,
「ソ(衣)+出」
で,
「衣のうち手の出る部分の意」
とある。上代仮名遣いの甲乙については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%BB%A3%E7%89%B9%E6%AE%8A%E4%BB%AE%E5%90%8D%E9%81%A3
に詳しいが,
「ひらがな・カタカナ成立以前の日本語において、a i u e o の5音ではなく、古い時代にはより多くの母音の別があった」
とされ,「仮名の50音図でいうイ段のキ・ヒ・ミ、エ段のケ・へ・メ、オ段のコ・ソ・ト・ノ・(モ)・ヨ・ロの13字について、奈良時代以前には単語によって2種類に書き分けられ、両者は厳格に区別され」,「片方を甲類、もう片方を乙類と呼ぶ。例えば後世の「き」にあたる万葉仮名は支・吉・岐・来・棄などの漢字が一類をなし、「秋」や「君」「時」「聞く」の「き」を表す。これをキ甲類と呼ぶ。己・紀・記・忌・氣などは別の一類をなし、「霧」「岸」「月」「木」などの「き」を表す。これをキ乙類と呼ぶ。」
とするもの。
で,袖だが,この甲乙に矛盾するということらしい。その意味では,難点というよりは,説として問題というべきなのかもしれない。『大言海』も,衣手(そて),衣出(そで)両説を挙げている。
袖は,本来は,
衣服の見頃(衣服の、襟・袖・衽 (おくみ) などを除いた、からだの前と後ろを覆う部分の総称。前身頃と後ろ身頃)の左右にあって,両腕をおおう部分,
であり,
和服ではたもとの部分を含めていう,
というのが原義だが,それをメタファとして,さまざまに意味の外延が広がっている。たとえば,「肩甲」という,
鎧の肩の上をおおい,矢・刀を防ぐもの,
はまだしも,
牛車(ぎっしゃ)・輿などの前後の出入り口の左右の部分,
巻物,文書の初の端(『大言海』には「文書の初めに白く残したるは,衣の端なる袖に似たれば,云ふ」とある),
門・戸・垣・舞台などの左右の端の部分,
洋装本のカバーや帯の,表紙の内側に折れ込んだ部分,
と,意味が広がる。袖のつく言葉は多い。『大言海』から拾うと,
袖合い月,袖扇,袖移し,袖裏,袖格子,袖香炉,袖書,袖垣,袖笠,袖笠雨,袖貝,袖がらみ,袖几帳,袖包み,袖括り,袖口,袖較べ,袖輿,袖乞い,袖印,袖摺り,袖摺松,袖扇子,袖凧,袖畳,袖築地,袖頭巾,袖付,袖の下,袖判,袖控え,袖屏風,袖縁,袖覆輪,袖枕,袖まくり,
等々,さらに,
袖にする,
といった,袖に絡む諺や熟語はやたらに多いのは驚く。辞書(『広辞苑』)には,
鎧袖一触,
袖行く水,
袖打ち合わす,
袖返す,
袖掻きあわす,
袖に食らう,
袖に時雨(しぐ)る,
袖に縋る,
袖に墨つく,
袖にする,
袖に湊(みなと)の騒ぐ,
袖の上の珠砕く,
袖振り合うも他生の縁,
袖振る,
袖纏き返す,
袖を片敷く,
袖を絞る,
袖を連ねる,
袖を通す,
袖を広ぐ,
袖を濡らす,
袖を引く,
袖を分かつ,
無い袖は振れない,
等々と載る。こう見ると,日常の仕草,振る舞いから,その微妙な含意をくみ取っていくことをしている。
もっている言葉で見える世界が違う,
と言う。それは,その言葉の分だけ,世界を,
分化,
し,見分けている,ということを意味する。いま,われわれは,そうしているだろうか。その言語化力が劣っているということは,世界を認知する力が衰えているということなのではないだろうか。
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