2016年03月31日

勇み


勇肌や勇み足の,

勇み,

である。辞書(『広辞苑』)には,

勇気,気力,
勇ましい手柄,
任侠の気概に富み,言動の異性のいいこと,おとこだて,

とある。『古語辞典』には,

(戦いや争いに臨んで)気持ちが奮い立つ,

とある。「勇む」の語源は,

「イキ(息・気)+スサム(進む)」の音韻変化,

とある。

心が奮い立ち,勢いづく,

という意味である。『大言海』も,「勇む」について,

「息進(いきすさ)むの約略なるべし」

と書き,

気噴(いきふ)く,いぶく,憤(いくく)む,息含(いきくく)むの約略,

と例を挙げる。

漢字の「勇」は,

「甬(ヨウ)は『人+音符用』からなり,用は突き通す意を含む。足でとんと突き通すように足踏みするのを甬・踊という。通と縁が近い。勇は『力+音符用』で,力があふれ足踏みして奮い立つ意。また,衝(まともに直進して突き当たる)とも縁が近い。」

とある。しかし,そのニュアンスを感じ取るには,『大言海』がいい。

「市人の,気概(いきはり)を衒(てら)ふ者。其の気立てを,いさみ肌,きほいはだ,と云ふ。」

気概を,

いきはり,

と訓ませ,意気地を張る,というニュアンスにし,それを衒う,つまり,

見せびらかす,ひけらかす,

という含意を持たせている。

しかし,そういうのを喝采するひとがいるから,ますますいきがる,ということになる。

三田村鳶魚は,神田祭の唄を紹介し,

「色のよくならこつちでも、常からぬしのあだな気を、しつてゐながら女房に、成つてみたいのよくがでゝ、神や仏 を たのまずに、義理もへちまのかはばをり、親分さんのお世話にて、わたりもつけてこれからは、世間かまはず人さんの、まへはゞからず引よせて、たのしむうちに又ほか へ、それからやみと口ぐせに。」

「まつりのなア、はでな若いしゆが、いさみにいさみ、身なりをそろへて、やれはやせ、それはやせ、花だしてこまへけいごに行列、よんやさ、男だてじやのやれこれさ、たて ひきじやのと、いふちやわたしをこまらせる。」

祭の鯔背な若い衆に惚れて飛び込んだ女性を唄ったものだという。古くは,

備後福山十万石の水野日向守勝成の三男,三千石の旗本出雲守成貞(二代将軍秀忠のお小姓づとめをして三千石貰っ た)が,いわゆる旗本奴を気取り,

「頭は糸鬢、鎖帷子の着込み、棕櫚柄の大小をさし、着物を短く短く着て、脛が五六寸も出ている」

という奴風で歩いているのを,蜂須賀阿波守至鎮(よししげ)の女がその男振りに惚れ込んで、身分違いを越えて,無理に嫁に行った,という。

もっと時代が下ると,鳶魚は,

「時勢がずっと下って元文頃になりますと、旗本衆の妻や娘の、家出をしたり、駆落をしたりする者が多くなっている。 大昔の寛永・正保の頃ですら、蜂須賀蜂須賀侯の女のような人があったのですから、元文期に旗本衆の女達の様子がそうなったのは、思い遣られる。行儀の面倒な武家でさえ、こんなふうである。まして身柄のない民間の話になれば、もっと片づきのいいのは知れたことです。」

と書く。それが,上述の神田祭の唄につながる。河竹黙阿弥が,芝居で,

「是もみんな其方の身のすきずき、お嬢さんと言はれるのが、ちいさい時から、わたしは嫌ひ、油でかためた高髷も、つぶしの島田に結ひたい願ひ、御殿模様の文字入りより、二の字繋ぎ 褞袍が着たく、御新造さんや奥さんと、呼ばれるよりも家のやつ、家の人にといひたさに、親をば捨てゝ勘当受け、おまへの女房になつたわたし。」

と,心境を語らせている。しかし,である。その勇みを煽ったのは,芝居である,と鳶魚は言う。たとえば,役者の見立絵がある。

「見立絵というのは無論役者です。役者の顔や役者の身体を持ち込む。手許にある弘化期のもので、三番物の『勇の寿』という纏持ちを中心にしたものがあります。 一枚絵の方では『勇商人』という名がついていて、水菓子売り・俵売り・糸つり人形売り・稗蒔売り・葛餅売り・葱売り・水売り・鮨売り・鰹売り・五月人形売り・読売売りなんていうものを画いたのがある。これらは、いずれも実物との距離には無頓着で、いかにも綺麗に心持よく画き出されている。」

江戸っ子が,芝居を通して作りだされた経緯については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/435717090.html

の「啖呵」で触れた。

「江戸ッ子というものが見物されているのである。見物されて喝采される。その喝采につれて踊っているようなものなのであります。」

と,鳶魚は言うが,女子に持て囃されて,ますます勇み立つ,という心情はわからないでもない。平和な時代だったということではあるまいか。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 江戸時代 | 更新情報をチェックする
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