2016年04月02日

八幡船


八幡船は,

ばはんせん,
あるいは
ばはんぶね,

と訓む。

はちまんせん,

とも訓むが,

ばはんせん,

のほうが,僕には通る。子供の頃,海賊船を主役にしたラジオドラマをやっていて,夢中になって聞いていた記憶がある。そのタイトルは,「ばはんせん」だったと思う。耳から覚えた。ちょっと調べたが,見当たらず,どうやらそれを映画化したらしい,

http://movie.walkerplus.com/mv23049/

に辿り着いただけである。辞書(『広辞苑』)では,「ばはんせん」として,こうある。

「室町末期から安土桃山時代にかけて,中国・朝鮮の沿岸を侵略した日本の海賊船を,明人などが称した。江戸時代には密貿易船の称。はちまんぶね。」

とある。因みに,「八幡(ばはん)」を引くと,

「倭寇の異称。『和漢三才図絵』によれば,倭寇がその船に立てた旗に『八幡』の神号を記したのを,明人がバハンと読んだからという。」

とあるほかに,

外国へ略奪に行くこと,
国禁を犯して海外に渉ること,海外にわたって密貿易を行うこと,

とあり,八幡船の略でもあるが,ほぼ意味が重なる。「ばはん」「ばはんぶね」は,室町末期の日葡辞典(イエズス会)にも載っているらしい。

「神号」は,『日本大百科全書(ニッポニカ)』に,

「本来の神名(じんめい)に対して、その神の性格によって加える称号をいう。尊崇の意による皇大神(おおみかみ)・大神(おおかみ)・明神(みょうじん)・菩薩(ぼさつ)・権現(ごんげん)・天王(てんのう)などと、区別して用いる天神(てんじん)・地祇(ちぎ)・正宮・新宮・今宮(いまみや)・王子、若宮(わかみや)などの例がある。皇大神(皇大御神(すめおおみかみ))は元来『天照坐皇大神(あまてらしますおおみかみ)』として天照大神のみの尊称であったが、のち豊受(とようけ)大神・春日(かすが)・熱田(あつた)・賀茂(かも)などの諸社に限って用いられた。大神(大御神)は古典には黄泉津(よもつ)大神、伊邪那岐(いざなぎ)大御神、猿田彦(さるたひこ)、住吉(すみよし)などの神名にみえるが、後世には信仰する神に対する尊称として広く用いられた。明神は社格を示した名神(みょうじん)と並称されたが、のちに明神が一般に通用され、また吉田家の執奏により大明神号が授けられ、多くの神社で大明神と称することが多くなった。仏説に拠(よ)る尊称として菩薩号(八幡(はちまん)大菩薩・妙理(みょうり)〈白山〉など)、権現号(箱根・熊野・東照(とうしょう)大権現など)、天王号(祇園(ぎおん)・藤森など)があるが、これらは明治以降は慣習による私称以外は禁ぜられた。また区別に用いる例として、神系による天神(あまつかみ)と地祇(くにつかみ)、本社・分社の別である本宮と新宮・今宮・王子、本社の御子神(みこがみ)としての若宮などがある。」

この場合,

八幡あるいは
八幡大菩薩

と,掲げていたことになる。『世界大百科事典 第2版』によると,

「〈ばはん〉は,戦国時代から安土桃山時代にかけての用例では海賊行為を意味し,江戸時代中期以後では密貿易を意味する言葉。〈八幡〉のほか〈八番〉〈奪販〉〈発販〉〈番舶〉〈破帆〉〈破幡〉〈波発〉〈白波〉〈彭亨〉などの文字もあてられている。《日葡辞書》はBafãと記している。語源は外国語であるという意見が有力である。ただ江戸中期に書かれた《南海通記》が倭寇(わこう)が八幡宮の幟(のぼり)を立てていたので八幡船と呼ばれたと書いたところから,ばはん船は八幡船であり,すなわち倭寇の異名であるとする考えが広く流布するようになった。」

と,「ばはん」は,「八幡」と当てたことで,もっともらしくなったが,別の意味だったのかもしれない。『日本大百科全書(ニッポニカ)』は,

「日本以外の地、すなわち中国その他に略奪に行くことをバハンといい、また他国へ略奪に行く盗賊の船をバハンブネと称した。中国では『発販』『破幡』『破帆』『波発』『白波』『彭享』とバハンは発音され、日本では『番販』『奪販』『八幡』『謀叛』『婆波牟』、あるいは単に平仮名で『ばはん』があてられた。
 バハンの語源については、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の信仰に由来するという説と、ポルトガルや中国などの外国語に由来するとの二つの説がある。前者は、江戸時代の1719年(享保4)香西成資(こうざいしげすけ)の『南海治乱記(なんかいちらんき)』が『わが国の賊船が八幡宮の幟(のぼり)を立て、洋中に出て、西蕃(せいばん)の貿易を侵して財産を奪った。その賊船を八幡船とよんだ』と記しているのが出所である。海上安全を祈願して八幡大菩薩の幟を立てたことは一般的な風習だが、そこにバハン船の語源を求めるのは賛成できない。外国語に由来しているとみたほうが妥当であろう。のち、バハンは海賊行為や略奪行為一般をさし、江戸時代には抜け荷もそうよぶようになった。」

と,はっきり,「ばはん」を「八幡」と当てることに異論を投げかけている。

「はちまん(八幡)」は,

「八(八つ)+幡(はた,のぼり)」

が語源で,武人の神。

「応神天皇誕生の時,八つの幡(バン)が,…!から降りてきた伝説による」

と,『語源辞典』にある。八幡神は,

やはたのかみ,
はちまんじん,

と訓み,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E

には,

「日本で信仰される神で、清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武運の神(武神)『弓矢八幡』として崇敬を集めた。誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、応神天皇と同一とされる。また早くから神仏習合がなり、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と称され、神社内に神宮寺が作られた。」

とある。『大言海』には,「八幡大菩薩」について,異説はあるが,と断って,

「白幡四旒と赤幡四旒と,天より筥崎の地に降りれるより名起こる」

と記す。そのはずで,八幡神を応神天皇とした記述,

『古事記』『日本書紀』『続日本紀』

に一切見られない。八幡神の由来は応神天皇とは無関係であった,らしいからである。武人に尊ばれ,

海の神,

ともされることから,倭寇が,八幡大菩薩を掲げていたが,所詮,海賊は海賊である。やはり,

八幡船,

より,

倭寇,

がふさわしいような気がする。因みに,倭寇については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%AF%87
https://kotobank.jp/word/%E5%80%AD%E5%AF%87-154019

に詳しい。

参考文献;
https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E8%88%B9-115979
http://www.tanken.com/wako.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E


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