2016年04月05日

アイデンティティ


マーク・L・サビカス『キャリア・カウンセリング理論』を読む。

キャリアカウンセリング理論.jpg


以前に,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/433426636.html

で触れた,平木典子先生の「ライフキャリア・カウンセリングへの道ーワーク・ライフ・バランスとは何だろう?」で出た,サビカスの近著である。

本書の問題意識は,「日本の読者の皆様へ」で,明確に示されている。いまや,

「学校を卒業して就職すること,あるいは仕事から次の仕事に移動することは,会社に依存するというよりは,個人に依存する度合いが大きくなっています。」

それが,ポストモダン社会の中核的な特色であり,

「人生コースが個別化される」

のだという。その時代には,ひとりひとりに,

「人生を個別に設計すること」

が求められる。本書で示すモデルや方法は,「一人ひとりが自叙伝的な物語と職業の可能性との間に意味あるリンクを構成するために」役立ち,「一貫性と継続性のある物語の構成は,自らの方向を決定し,個人的に責任を負うための内なるガイドを提供すること」になると,書く。

この背景にあるのは,時代の大きな変化である。著者はこう書く。

「いまでもフルタイム雇用が主要な仕事の形態であり,長期のキャリアも存在しているが,階層体系的な組織が壊れつつあるのに続いて,臨時の仕事やパートタイムの仕事がますます常態化しつつある。デジタル革命によって,組織はマーケット状況に合わせてより小さく,よりスマートに,より機敏になることが要求されている。」

「組織は,標準的な仕事に非標準的な契約を混入させている。仕事は消えていないが,雇用数は減らすという手法によって,プロジェクトの開始と共に始り,製品の完成と共に終了する契約に変えることによって,雇用形態が変化している。」

「33歳から38歳までの間に新しい就職先に就いた人の39%が,1年以内に離職し,70%が5年以内に離職している。労働者の4人に1人が,現在の雇用者の下で働き出してまだ1年もたっていない…。」

「組織の中核で働いている労働者にとってさえ,確実で予測できるキャリアの筋道は消えつつある。確立された路線,伝統的な筋書きは消えつつある。今日の多くの労働者は,安定した雇用に基礎を持つ堅実な生活を発展させるのではなく,生涯を通じた学習を通じて,あるいは誰かが言ったように『生きるための学習』を通じて,柔軟性のある能力を維持していかなくてはならない。安定した生活条件のなかで計画を立ててキャリアを発展させるのではなく,変化しつつある環境の中で,可能性を見いだしながら,キャリアをうまく管理していかなくてはならない。」

それは,仕事が非標準化され,そのことによって,人生も,非標準化され,

「それぞれが行う仕事によって自分の安定した居場所をこの世の中に見出すことができなくなっている」。こういう時代に必要なのは,

「企業の提供する物語を生きるのではなく,自分自身のストーリーの著者になり,ポストモダン世界における転職の舵を自分で取らなければならない。」

であり,

人生コースの個別化,

とはそういう意味である。それは,従来のように,

「人の内に備わっている中核となる自己を実現する」

という近代的考え方ではなく,

「自己の構成は一生を通じたプロジェクト」

なのであり,そういう新たな時代のカウンセリングは,

「人生の職業を見つけるという課題から人生の職業を創造する方法にカウンセリングの方向を転換させるためには,人生設計に取り組み,人生において仕事をどのように用いるかを決定する学問を必要とする。」

ものでなくてはならない。本書は,それを実例と共に,提示する,

キャリア構成理論

なのである(それに基づくカウンセリングを「構成主義的キャリア・カウンセリング」と呼ぶ)。キャリア構成理論においては,

「アイデンティティは,人が社会的役割との関係で自分自身をどのように考えているかということを意味する。役割における自己,あるいは役割アイデンティティとは,社会的状況または環境的文脈において,社会的に構成された自己の定義である。アイデンティティは,自己を社会的文脈の中に位置づけることによって,自己をスキーマとして位置づける。」

とされる。人がキャリア・カウンセリングを求めるのは,

「大きな職業上の発達課題,重要な職業の転機,あるいは深刻なワーク・トラウマに適応する必要が生じたとき」

である。そのとき,アイデンティティが揺らいだり,新しい適応には不十分になる。その解決ないしは,困難に適応するために,

アイデンティティを作り替える,

必要がある。それは,

アイデンティティにおけるナラティブのプロセス作業が必要,

と,本書では考える。なぜなら,

「アイデンティティはナラティブによって形づくられ,ナラティブのなかで表現される」

からである。そのナラティブのプロセス作業は,

「人が自分は変わりつつあるが誰になりつつあるかわからない,と感じるときに起こる。社会的な場に自分を再配置しようとするとき,人は,同一性を維持しながらも変化の理由を与えるナラティブ・アイデンティティを著述することが必要になる。人は,ナラティブの修正を行うことによって,アイデンティティの同一性の問題を解決し,いまあるズレの問題を解消するのである。」

そのナラティブは,重要な出来事やエピソードについての小さなストーリー(マイクロナラティブ)を,一つの織物に織り上げて,大きなストーリー(マクロナラティブ)が構成される。このプロセス作業,

アイデンティティ・ワーク

は,

自伝作業,

と呼ばれるが,この自伝的語りを通して,

「個々人が自己を参照する能力」

を再確認することでもある。現在の困難を,自分の伝記のなかに位置づけることで,その答が,

自分のなかにあること,

に気付いていくことになる。この間の機微は,次の言葉が象徴的に言い表している。

「構成主義的カウンセリングとは,語りを通じてキャリアを共に構成する関係のことである。ストーリーは,ナラティブ・アイデンティティの構成のための,そして複雑な社会的相互作用の中からキャリア・テーマを浮かび上がらせるための建築ツールとして働く。クライエントが自らのストーリーを語ると,そのストーリーはより現実的なものとして感じられるようになる。より多くのストーリーを語ればかたるほど,そのストーリーは,さらに現実的なものとなる。『自分』を眺めれば眺めるほど,クライエントは自身の自己概念をさらに発達させていく。ストーリーを語ることによってクライエントは,自分が自分自身をどのように思っているかを結晶化させる。…クライエント自身が自分とカウンセラーの間にある空間に出現する自分のライフテーマを聞くからである。」

そのとき,カウンセラーがするのは,

「(クライエントの語った中で)それまで語ってきたことの言外の意味を理解するよう支援することが大切である。」

と。本書では,キャリア構成のためのナラティブ・カウンセリングの進め方を,具体的かつ詳細に展開するが,それは,

「あなたがキャリアを構成していくうえで,私はどのようにお役に立てますか?」

という,「クライエントの自己呈示のスタイルや感情表現,他者との関係の結び方を観察する」という意図的な質問から始まる。そして,キャリアストーリー・インタビューで,

子供の頃に憧れ,尊敬していた人物
定期的に読んでいる雑誌
好きな本や映画のストーリー
好きな格言
幼少期の最初の思い出

という5つの質問をする。その上で,キャリアストーリー・アセスメントの8の手順でカウンセリングを進めていく。それは,

「クライエントのマイクロナラティブを,クライエントが過去を理解し,現在の状況を定義し,次に何をすべきかを見通すための包括的で一貫性のあるアイデンティティ・ナラティブへと再構成するための概念的枠組みを提供する」

ものでなければならない。それには,そのナラティブは,

クライエントの現在の経験を同化するものでなければならないし,
クライエントがカウンセリングの場に持ち込んだストーリーにあるズレを,一貫性のある方法で埋める新たな材料を提供するものでなくてはならないし,
新しい視点と深い意味をもつマクロナラティブによって,クライエントを元気づけ,行動に向かわせるものでなくてはならない。

8つの手順は,

①カウンセリングを訪れた目標の再確認し,キャリア全体を貫く(キャリア・アーク)パターンを認識すること。
②幼少期の思い出のなかにある特徴的な出来事を特定する。それをアナロジーに,いまの状況が理解できる。
③幼少期の思い出で提起された問題に対するクライエントの解決を明らかにし,現在の問題へのローモデルとする。
④雑誌,テレビ等々で明らかにされた教育的および職業的興味をアセスメントし,労働や職場への好みを炙り出す。
⑤クライエントの好みの場での自己の可能性をどのように活動させるか,場と自己の統合を図る(筋書きと台本)。
⑥クライエントの指針となる言葉を問うことで,自分の中で,何が行動を呼び起こすかを明らかにする。
⑦クライエントのめざす職場,学校を考える。
⑧当初の来訪の,何がクライエントを前へ進めさせるのをためらわせていたかを明確にする。

である。これを通して,カウンセラーは,「小さなストーリーを大きなナラティブへと変容させる」ライフレポートを描く。最終的には,そのカウンセラーのレポートを,クライエント自身が,自分が,

「生きるに値するものとするように,修正する」

のである。著者の次の言葉が印象的である。

「クライエントの言語の限界はクライエントの世界の限界である。クライエントの言葉を作り直すことによって,クライエントの世界を作り直すことができる」

まさに,ヴィトゲンシュタインの,

もっている言葉によって,見える世界が違う,

である。

だから,カウンセリングを通してしたことは,クライエントの人生を,語り直すことで,自分を再確認し,新たな言葉で,自分の意味と価値を定義し直した,ということである。

僕自身,読みながら,自分のキャリアを語り直してみた。手順が,マニュアルのようにすっきりしていない難はあるが,随所で自己発見があった。残念ながら,こういう時代を見据えたカウンセリング理論が,日本では生まれないだろうという絶望をも,しかし同時に感じていた。

参考文献;
マーク・L・サビカス『キャリア・カウンセリング理論』(福村出版)


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:15| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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