2016年04月13日

覿面


覿面は,

天罰覿面,
効果覿面,

と使うが,いずれもあまり使わない気がする。辞書(『広辞苑』)には,

「『覿』は会う意」

と注記されて,

まのあたり,目の前,
結果,効果などがその場ですぐあらわれること,

という意味が載る。前者については,

「テキメンニコロ(殺)イタ」

という日葡辞典の例が載り,室町末期には,そういう使われ方がされていたことが知れる。後者は,天罰覿面,の使われ方になる。『江戸語辞典』では,

「即座,まのあたり」

という意味で使われていた,と載る。で,

「待人でも身のうへでも願いごとでも,てきめんにあたる」

という例が載る。天罰覿面の使い方にシフトしている。厳密に分けると,『大辞林 第三版』の(「覿」は見る意としている。「会う」と「見る」では微妙に違うが),

①結果・効果が即座に現れる・こと(さま)。
②まともに見ること。面と向かうこと。また,そのさま。
③見ている前。その場。即座。

と,意味が微妙に分かれるのかもしれない。「まのあたり」が「その場」「即座」「面と向かう」とシフトしていくのは,意味の外延としてはわからないでもない。

『大言海』には,覿面の由来を,

「於君謂之覿,於卿謂之面」
「覿,見也」
「覿者下見上」

と,覿と面の違い,覿のニュアンスを伝える。どうやら,見るや会うでも,対等ではない。下の者が上のものを見る,を指すらしい。意味として,

まのあたり,目の前に,験(しるし)の著しきこと,

とあり,転じて,

いまはまみゆることを云ふ,

とある。どうやら,『大言海』は,

まのあたり,

即座,

が先で,

まともに見ること。面と向かうこと。また,そのさま,

を後としていることになる。ともかく,「覿」は,

会う,
人と面会する,

という意味があるが,ただ,

まみゆる,

つまり,

貴人に対面する,
お目にかかる,

という意味をもつことになる。要は,

謁見,

である。『大言海』で,覿と面を区別していたのは,同じ貴人でも,「君」と「卿」では,覿と面と使い分けていた由来がある,と言っていたのである。つまり,それだけ,目の当たりにすることが少ない,という含意だったのかもしれない。『字源』には,

贄(にへ)を以て相見る,

とある。「贄」とは,

君主,または先生に初めて会見するさいに捧げる礼物,手土産。

とある。確か,『論語』に,

束脩を行うより以上は、吾未だ嘗て誨(おし)うることなくんばあらず

というのがあった。「束脩」というのは,

「入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと」

贄と同じなのかどうかはわからない。

天罰覿面には,「まみゆる」意味はないが,君にまみゆるのと同じく,それだけ機会が少ないというニュアンスだったのだろうか。しかし,

天罰覿面,

が死語のように,いまや,

天網恢恢疎にして漏らさず,

もない。というより,もともと人の願望を意味していただけなのかもしれない。

参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
簡野道明『字源』(角川書店)



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