2016年04月23日

ワ印


「ワ印」あるいは「わ印」は,『大言海』には,

笑印,

と当て,

笑絵の隠語,

とある。辞書(『広辞苑』)には,

笑い絵,
笑い本,

の隠語,とあり,さらに,

春画,春本,

のこと,とある。同じく,「笑い本」について,

人を笑わせる絵,滑稽な絵,

の他に,

枕絵,春画,

の意味を載せる。さらに,「笑い本」については,

枕絵を挿入した冊子,春画本,春本,

という意味を乗せる。しかし,『江戸語辞典』には,「笑本」について,「春画の本」としつつも,

「女子は着物が増えるとて衣櫃に入れ,武士は災除けとして具足櫃に入れ,あるいは出陣の餞別に贈って魔よけとした。」

とあり,その謂われは分からないが,「笑い本」が,験担ぎに役立つらしい,別の意味もあったらしい。これに似た,験担ぎは,出征する兵隊が結構担いだと聞いたことがある。先ごろまで,国内初の「春画展」が開催され,話題になっていたが,

春画展.jpg


その案内には,

「かつては女性が嫁ぐ時、母親が“このように夫と仲よくして子孫を繁栄しなさい”という意味を込めて春画をわたす風習がありました。」

ともあった。そういう意味あいを,もってもいたということだろう。

一般には,春画というと,

「性行為の情景や性的なものを描いた絵のこと。情欲的ではない裸体画は含まない。明治以降に用いられるようになった言葉で、枕絵・秘画・笑い絵などともいう。西洋ではポンペイの壁画、日本では江戸時代の浮世絵がよく知られており、春画と言えば一般に浮世絵によるものを指すことが多い。浮世絵による春画は数・種類共に多く、菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎など著名な絵師も手がけている。19世紀半ば以降、フランスなど海外で芸術作品としての評価が高まり収集され、日本でも価値が認められるようになっている。」(『知恵蔵mini』)

となるが,『世界大百科事典』には,

「男女の秘戯を描いた絵。古くは〈おそくず(偃息図)の絵〉〈おこえ(痴絵,烏滸絵)〉といい,〈枕絵〉〈枕草紙〉〈勝絵(かちえ)〉〈会本(えほん)〉〈艶本(えんぽん)〉〈秘画〉〈秘戯画〉〈ワじるし(印)〉〈笑い絵〉などともいう。あからさまな秘戯の図ではなく,入浴の場面など女性の裸体を見せる好色的な絵は,別に〈あぶな絵〉と称して区別している。《古今著聞集》にも〈ふるき上手どもの書きて候おそくづの絵〉と記すように,落書のようなものではなしに専門の画家による春画の歴史はかなり古く,中世に入れば《小柴垣草紙(こしばがきぞうし)》(13世紀),《稚児草紙》(14世紀,鎌倉末期)など絵巻物の傑作を生んでいる。」

とある。つまり,春画といっても,

ワ印系(枕絵,枕草紙,艶本,笑い絵,笑い本等々)

あぶな絵系

とは,異なるらしいのである。言ってみると,前者ががAV系,後者日活ロマンポルノ系,ということになろうか。

「あぶな絵」については,『ブリタニカ国際大百科事典』には,

「浮世絵美人画のうち,一般的なものと秘戯画 (→春画 ) との中間の作品。海女,湯上がり姿,爪切り,髪洗いなど,女性の裸体,または普通よりも肉体部分をあらわにした女性の姿態を主題にしたもの。」

として,浮世絵の美人画の範疇に入れるらしいのである。

北斎・蛸と海女.jpg

北斎『喜能會之故眞通 蛸と海女』


ワ印については,三田村鳶魚が面白い話を載せている。江戸城の表坊主は,諸大名が登城退出に当たっては,その案内をするが,その折は拝領の羽織を着なければならない。で,その坊主について,

「お坊主は三番勤めですから、三日に一日の勤務で、暇な日があります。そこは利口に立ち回って、御機嫌御機嫌伺いに出たのです。出さえすればただということはありません。きっと頂戴物があります。 年首その他御機嫌伺いの折りに、献上物をいたすのですが、差し上げる物に困る。それでワ印などを 献上した。御不自由のないお大名様でも、そんな物をお買いになることは出来ませんから、お笑い草にはまことによろしい。この献上のために、価の高い立派なワ印が、民間で年々沢山出来たのだというのは、嘘かまことかしれませんが、民間にはそんな伝説さえある」

と。まあ,なくもないな,と思わせるリアリティがある。

それにしても,「春画」の「春」という字は,思春期の意味の他に,

色情,春情,

という意味がつきまとう。「春」の字は,

「屯(トン・チュン)は,生気が中にこもって,芽がおいでるさま。春の字は,もと『艸+日+音符屯』で,地中に陽気がこもり,草木がはえでる季節を示す。ずっしり重く,中に力がこもる意を含む。」

ということで,

若く元気な時期,若さや精力,

という意味とともに,

男女のしたいあう心,歌垣を催して,若い男女を結ばせる習慣があった,

とあり,『詩経』に,

「女有りて,春を懐ふ」

とある,とする。


参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
https://kotobank.jp/word/%E6%98%A5%E7%94%BB-78527
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
三田村鳶魚『武家の生活』 [Kindle版]

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 04:45| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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