2016年05月15日

開口


開口は,文字通り,

口を開く,

で,それだけとおもいきや,開口は,

「かいこう」

と訓む以外に,

「かいこ」
「あくち」

と訓み方があり,「あくち」と訓むのは,

「『開き口』の転」

で,

「足袋(たび)・脛当(すねあて)・沓(くつ)などの足を入れる口。」

という特定された意味で,

あぐち,
あきくち,

とも訓む。『大言海』には,

「あきくちを約(つづ)むれば,あくちとなる。齞脣(あいくち)と云ふ語もあり」

として,

「開口(あきくち)と云ふに同じ。連貫沓(つらぬきぐつ)に足を踏み入るる口を,あくちと云う。開きて,又合わするなり。」

という意味の他に,

「あくちも切れぬ若者など云ふは,まだ弁舌も自由ならぬ,口脇の黄なる少年など言はむが如し。」

という意味を載せているのが,唯一。

「かいこう」「かいこ」は,微妙に重なりつつ,意味が違う。辞書(『広辞苑』)には,「開口(かいこう)」について,

口を開くこと,話し始めること,

以外に,

外に向かって穴が開くこと,またその穴。
将軍宣下などの儀式的な能楽で,脇能の最初に,ワキの役が祝賀の文句を簡単な節で謡うこと。文章はその都度作る。延年などの芸能で,地口風に物尽くしを唱えたりする話芸的演目,

と意味が載る。「あくち」が,「穴が開くこと」から,特定化されたことを創造させるが,「脇能云々」については,

かいこ,

と訓む。『風姿花伝』に,

「かいこよりその謂れとやがて人の知る如く」

との文がある,らしい。『大言海』の,

「徳川幕府にて,能を行ふ時,式三番叟おはりて後,第一番目の能を,脇能と云ふ。其の脇能の初に,脇師の出でて,祝ひの謡ひをうたふこと。是れは,能ある毎に,林大学頭より,新詞を上り,能役者,節を作るなり。」

とあり,辞書(『広辞苑』)の「文章はその都度作る」の意味が,林大学頭が詞をつくり,それに能役者が節を作る,という意味だと知れる。因みに,「式三番叟」とは,

「猿楽に古くから伝わる儀式的な曲。初めは父尉(ちちのじょう)・翁(おきな)・三番猿楽(のちの三番叟(さんばそう))、室町時代以降は千歳(せんざい)・翁・三番叟の三人による祝福舞。現在の能の『翁』。」(『デジタル大辞泉』)

「能役者と狂言役者が演ずるが,能でも狂言でもない別の種目で,構成・詩章・謡(うたい)・囃子・舞・面・装束など,すべての点で能・狂言とは異なる古風な様式をもつ。式三番という名称は,〈例式の三番の演目〉の意味で,《父尉(ちちのじよう)》《翁》《三番猿楽(さんばさるがく)》の3演目を指す。いずれも老体の神が祝言・祝舞(しゆうぶ)を行うもので,3者の間に直接の関係はないが,能や狂言と違ってこの中から演目を選ぶというのではなく,三番一組にして演ずるものである。」(『世界大百科事典 第2版』)

とある。さらに,因みに,「三番叟」とは,式三番叟の三番目,つまり,

「『翁(おきな)』で、千歳(せんざい)・翁に次いで3番目に出る老人の舞。」

を指す。この口を開くワキを,

開口人(かいこにん)

というらしい。この「開口」については,

「寺院の延年において演ぜられた,言葉を主体とした芸能。その実態をよく伝えるのが1544年(天文13)書写の《多武峰(とうのみね)延年詞章》の開口7編で,それによればまず仏法の功徳などが述べられたあと,一定の題材に沿った洒落や秀句が比較的長く語られ,最後に延年の場に来臨した諸衆を祝福するという形になっている。頭尾の祝言はまじめなものだが,それにはさまれた洒落や秀句の部分は相当に滑稽なものである。たとえば7編中の第5〈開口名所山々相撲之事〉についてみると,〈よき相手に逢坂山の,しやつと寄て取らんとすれば,耳なしの山なれば,取手にはぐれて勝負をも決せずして入佐の山もあり,また,取られじとて足引の山もをかしきに,はや鳥羽の秋の山は時雨をも待たで勝つ(褐)色みえた候〉といった具合に綴られている。」(『世界大百科事典 第2版』)

に詳しいが,辞書(『広辞苑』)の

「延年などの芸能で,地口風に物尽くしを唱えたりする話芸的演目」

とあるのが,どうやら基らしい。延年については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/437711489.html

で触れたが,『大言海』にある,

「(避齢(「かれい」と訓むらしい)延年の義に拠ると名と云ふ)僧家の舞。略して,延年とのみも云ふ。平安朝の末に,既に行はる。比叡山の延暦寺,奈良の興福寺にて大會を行ふ時,必ず奏せり。其の他神事にも,酒宴の興にも舞へり。場は,方三十間許,二人の小法師,裏頭(くわとう),赤袍,白大口,白袈裟にて舞ひ,數僧,謡ふ。楽器は,銅鈸子(どうばつし)と鼓となり。床拂,拂露,開口など,種々の目あり。興福寺延年の舞の歌『梅が枝にこそ,鶯は巣をくへ,風吹かば,如何せむ,花に宿る鶯』などあり。比叡山に,亂舞の遊僧とて,種々の藝もするなり。」

が具体的である。つまり,「開口」も,「延年」のひとつなのである。

開口一番,

という言葉も,ただ,

「口を開いてものを言いだすとすぐに。口を開くやいなや」

という意味の向こうに,能舞台が見える気がする。

延年の舞.jpg

毛越寺の「延年の舞」


参考文献;
http://www.motsuji.or.jp/matsuri/data07.html

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


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