2016年05月21日

ひとしお


「ひとしお」は,

一入,

と当てる。辞書(『広辞苑』)には,名詞として,

染物を染液に一回浸すこと,はつしお,

とあり,副詞として,

ひときわ,一層,一段,

と意味が載る。馴染みなのは,

「ひとしおまさる春のめぐみは」
「感慨もひとしお」

と言った使い方である。『大言海』には,「ひとしほ」として,

「染物を,或る汁に,一度入れ浸すこと」

とあり,「しほ(入)の條も見よ」とある。「しほ」の條には,

「汐合の意にて,染むる淺深の程合いに寄せて云ふ語かと云ふ,或いは,醞(しほ)る意にて,酒を造り,色を染むる汁の義かと云ふ」

と注記して,

「浸して染むる度を数ふるに云ふ語」

とある。『語源辞典』には,

「ヒトシオは,『一+汐・潮』(染料用語)が語源です。このヒトシオが,さらに副詞ヒトシオへと転成し,寒さがヒトシオだ。ヒトシオ寂しさが身に染みる,のように用います。これらのヒトシオは,染色の用語です。一回染料に入れると,いっそう色がよく出るところから,ヒトキワ,イッソウの意で用います。さらに,シオの語源は,汐・潮です。暮らしの言葉では,網を海中に入れることを,漁師は,一汐(ヒトシオ)といいました。これを染物に転用したのがヒトシオと考えられます。一入と書きますが,平仮名書きがのぞましいことばです。」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/hi/hitoshio.html

にも,

「ひとしおの『しお(しほ)』は、染め物を染料につける回数のことで、ひとしおは染料に一回浸すことを意味する。 また、二回つけることは『再入(ふたしお)』、何回も色濃く 染め上げることは『八入(やしお)』『百入(ももしお)』『千入(ちしお)』『八千入(やちしお)』 といった。一回つけるごとに色が濃くなり鮮やかさを増すことから,ひとしおは『ひと際』等々を意味する副詞として,平安時代頃から用いられるようになった。漢字で『一入』と書くのは,染物を入れる意味からの当て字である。回数のいみでもちいる『しお』は上代から見られる語で,『語源辞典』は『湿らす』『濡れる』などを意味する『霑(しお)る』か『潮時』『塩合』などの『しお』とされるが未詳」

とある。『大言海』は「汐合」をとり,『語源辞典』は「一汐」をとる,ということか。しかし,「一汐」の意味は,ただ網をいれるという意味ではないのではないか。頃合いというか,まさに,入れるタイミング,

潮合い,

を含意しているように思えてくる。「潮合い」は,

海水が満ち合うところ,
潮の差し引きの程合い,

つまり,「潮時」である。『大言海』には,

機会,程合い,

という意味を載せる。もし,「一汐」から来たのだとしても,ただ「網を海中に入れる」という意味ではなく,網を入れるタイミングを含意しているように思える。とすると,「染料に一回浸す」というのも,浸すこと自体ではなく,引き上げるタイミングというものを含意しているのではあるまいか。だからこそ,「一汐」が「一入」に転じた意味がある。そう考えると,副詞の,

ひとしお,

にも,そのタイミング,頃合いというのが含意として残っているような気がしてならない。

感動もひとしお,
悦びもひとしお,

と使うとき,まさに,そのいま,ここというタイミングが含意されているからこそ,際立つのではないか。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1264674807

には,

「『一入』はひときわ、一層、一段といった感動を引き上げる形で使用します。
「苦労」 ← これは感動ではないです。
「覚悟」 ← これも同じ。
「憤り」ひとしお ← いえないこともないです。
「悔しさ」ひとしお ← いえないこともないです。」

とあった,あえて,そのタイミングで使うとすれば,嬉しい,楽しい,等々というわくわくすることに対して使うもののような気がする。

「ときはなる 松の緑も春くれば 今ひとしほの 色まさりけり」(『古今集』)

「一入好し」と注記がある,と言う。

因みに,一入 を,

いちにゅう

と訓むと,陶工の名で,

楽一入

のことで,

江戸中期(元禄9(1696)年~寛永17(1640)年)。の陶工。楽家4代。幼名を左兵衛,明暦2(1656)年吉左衛門を襲名。元禄4(1691)年養子宗入に家督を譲り一入と改める。茶碗の器形には3代道入(のんこう)の影響はあまりみられず,むしろ長次郎の作を倣っており,高台などに一入らしさがあるが古格がある。釉技は道入の技を受け継ぎ,赤楽は道入の砂釉に近いものを用いながら,黒楽では道入に稀にみられる黒釉のなかに赤い斑文の現れる朱釉を完成させ,赤楽,黒楽ともに古格の造形にあった落ち着きのある釉調に仕上げている。印は道入の自楽印に似るが「自」の部分が「白」となり,やや小振りで高台内や胴裾から高台脇に捺している。玉水焼初代一元は一入の庶子である。」(『朝日日本歴史人物事典』)

とある。

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:29| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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