2016年05月24日

天網恢恢


天網恢恢の天網は,

天罔,

とも当てるようだ。辞書(『広辞苑』)には,

「天が張り巡らした網,是非を正す天道を網に喩えた語」

とあり,『日葡辞典』に,

「テンマウニカカル」

と載っているらしい。通常,

天網恢恢疎にして漏らさず,

と使う。

「天の網は広大で目は粗いが,悪人は漏らさずこれを捕える。悪いことを摩れば必ず天罰が下る」

の意味であるが,もとは,『老子』(七十三章)に,

「天網恢恢,疎而不失」

とあるのによる,という。文脈は,

「天の道は、争わずして善く勝ち、言わずしてよく応じ、召さずしておのずから来たり、繟然(せんぜん)として善く謀り、天網恢恢、疎にして失わず」

とあり,

「自然の運行というものは、素晴らしく懐が深く、大きなもので、その道に従ってさえいれば、争わなくても勝つようになり、相手に言わなくても、自分の意図が通じ、必要と思えば、呼ばなくても訪ねてくるものです。自然のはかりごとは、人の考えよりずっと壮大なものです。」

という意味らしい。だから,「疎にして失うことはない」と。この章は,

「敢えてするに勇なれば則ち殺(さつ),敢えてせざるに勇なれば則ち活(かつ)。此の両者は,或いは利,或いは害。天の悪(にく)む所は,孰(たれ)かその故(こ)を知らん。是を以て聖人は猶お之を難しとす。天の道は,争わずして善く勝ち,言わずして善く応じ,召さずして自(お)のずから来たり,繟然(せんぜん)として善く謀る。天網は恢恢,疎にして失わず。」

とある。

「人為的な刑罰よりも自然の裁きに任せて無為の政治を行うべきこと」

を述べている,とされる。とすると,天はわかっているのだから,

「天意を迎えて利害を揣(はか)るは,其の已(や)むるに如かず」(『列子』)

ということらしい。人為の及ばざるところ,ということか。

「網」の字は,

「罔はもと,あみを描いた象形文字。網は『糸+音符罔(モウ)』で,かぶせて見えなくするあみ。また目に見えにくくてかぶせるあみ。罔と同じ。」

とある。「恢」の字は,

「『心+音符灰』で,もと後悔の悔(うつろな気持ち)と同意であったが,普通にはうつろに広く空間のあいている意に用いる。」

とある。「疎」の字は,

「疋(しょ)は,あしのことで,左と右と離れて別々に相対する足。間をあけて離れる意を含む。疎は,『束+音符疋』で,束ねて合したものを,一つずつ別々に話して,間をあけること。」

とあり,「親密でない」とか「あらい」という意味を持つ。ついでに,「漏」の字は,

「右側は,『尸(やね)+雨』からなり,屋根からあめがもることを示す会意文字。漏はそれに水をそえたもの。」

とある。因みに,「も(れ)る」には,「洩」の字も当てる。情報の「もれる」や水時計の「もれる」に使う。「洩」の字は,

「曳(エイ)は『申(まっすぐのびる)+/印(横に引っ張る)』の会意文字で,横に引っ張って延ばすことを示す。洩(エイ)は,『水+音符曳』で,水が長く尾を引いてもれ出ること。」

で,「もれる」より,「もらす」「尾を引いてたらたらもれ出る」と言うニュアンスになる。「もれる」には「泄」もあるが,「泄」の字は,

「世とは,十を三つ合わせた会意文字で,三十年(一世代)のこと。長く伸びた時間や姿をあらわす。泄(セツ)は,『水+世(長くのびる)』で,水が長く尾を引いて漏れ出ることを示す。また,泄(エイ)は,『水+音符世』で,水が尾を引いて長くのびること。」

とあり,「洩」と同義らしい。この場合,「疎にして洩らさず」とは表記せず,「漏らさず」でなくてはならない。

類語は,

天罰覿面,

ということになるが,覿面については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/436591827.html?1460492711

で触れた。ただ,いずれの場合も,

「天の網を粗く感じるのは人間が天(あるいは自然)の雄大さを理解しないからで、時と場合によって善悪の判断が分かれるような事例に天は関知しないという様な意味も含まれている」

という意味とすることになる。まあ,人は束の間に生きる現生の時間幅でしか,是非を判断できないが,長い時間軸で見るとき,是非は正される,という意味なのかもしれない。小人には計りがたい。類語で言えば,

「天知る、彼知る、己知る」

ということなのかもしれない。これは,『故事ことわざ辞典』

http://kotowaza-allguide.com/te/tenshiru.html

によると,

「天知る地知る我知る人知るとは、悪事や不正は必ず発覚するものだというたとえ。」

という意味だが,

「誰も知る者がおらず、二人だけの秘密にしようと思っても、天地の神々も知り、自分も相手も知っているのだから、不正は必ず露見するものだということ。後漢の学者・楊震に推されて役人になった王密が、金十斤の賄賂を贈ろうとしたとき、『夜なので誰にも気づかれません』と言ったところ、楊震が『天知る、地知る、我知る、子知る。何をか知る無しと謂わんや』と答えたという故事に基づく。「子」は二人称の人代名詞。『天知る、地知る、子知る、我知る』『天知る、神知る、我知る、子知る』ともいい、『子知る』は『ししる』と読む。」

とある。同じ意味なら,こちらの方が,小人の腑に落ちる。

参考文献;
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)
http://blog.mage8.com/roushi-73
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

【関連する記事】
posted by Toshi at 04:52| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください