2016年05月27日

やましい


「やましい」は,

疾しい,

疚しい,

と当てる。いまの感覚だと,

「心に疚しいことがあって,気が引ける意」

という語感である。辞書(『広辞苑』)には,

「病むの形容詞化」

とあり,

病気の感じである,気分がすぐれない,
焦り・不満・腹立たしさなどを感じる,心中穏やかでない,
良心に恥じるところがある,後ろめたい,

という意味を載せる。たぶん「病む」がはじめとすると,

病んだ感じ,

から,

心のざわめき,

にシフトしたのだとは想像される。語源は,

「病むの形容詞で,心が病む意」

とある。「疚」という字は,

「久は『人が背を屈めた姿+ヽ印』の会意文字で,背の屈んだ老人のことである。ヽ印は老人が背を屈めて亀のようになった,その背部を指し示す指示記号であろう。故旧の旧と同系。疚は,『疒+音符久』で,久がひさしいという意に専用されたため,疚が原義を表すようになった。」

とあり,

「老衰や病気のため,亀のように背を屈めた形になる。また,長煩いや,老衰」

という意味と,

「やましい」

という意味を持ち,たとえば,

内省不疚 夫何憂何懼

内に省みて疚しからざれば,それ何をか憂ヘ何をか懼れん,

という用例があり,「疚」の字を当てた慧眼に畏れ入る。「疾」の字は,

「『疒+矢』で,矢のようにはやく進む,また急に進行する病気などをいみする。」

とあり,

「迅」は,「疾」の語尾が転じた語で,疾にきわめて近い,

ともあって,「はやい」「あっという間に進むほどはやい」という意味があり,他に「やまい」「くるしみ」「なやみ」という意味がある。ついでに,「病」という字は,

「疒は人が牀(ショウ 寝台)の上にねているさまを示す。丙は,机や人の足がピンと左右に張ったさま。ピント張るの意を含む。『疒+音符丙』で,病気になってからだが弾力を失い,ピンと張って動けなくなること。」

とある。漢字を当てることで意味のフックがかかる感じだが,日本語の「やむ」は,語源が,

「『病む,止む,息む』」

で,

「あらゆる部分の肉体活動が止まり家にこもり養生する,意」

とある。ただし別説に,

「なやむ(悩む)からナ音脱落」

というのもあるらしい。『大言海』は,「やましい」に,

悩しい,
疾しい,
疚しい,

を当て,

悩ましに同じ,
心中穏やかならず,良心に恥ずる所有り,後ろめたし,

と意味を載せる。「やむ」は,三項立て,

「止む」,「罷む」,

は,

とどむ,やめる,癒す,

の意を載せ,「病」の字を当てるのは,

(止む義かと云ふ,斎宮の忌詞に,病,やすみ)病にかかる,

という意と,

「病む」,「悩む」,

の字を当てて,

病におかされる,疚しくおもう,気にする,

の意を乗せる。どうやら,和語「やむ」には,「止」と「病」と「悩」の字を当てて,区分けするだけ多義的だたのではないか,という気がする。だから,「やむ」と言っている限り,

動きがやむ(具合が悪い)
のか
病がやむ(癒える)
のか
心がやむ(悩む)

のかが,文脈によらないかぎり,区別がつかない。しかし,

「病」「悩」「疾」「疚」「止」

と,書き分けることで,息の境界が分化することになったように思われる。漢字がなければ,実に未発達の,文脈に埋没した言葉,つまりはメタ化の(でき)ない言語であったという気がしてならない。

参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
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今日のアイデア;
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posted by Toshi at 04:44| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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