2016年06月11日

40の仮説


ロジャー・R・ホック編『心理学を変えた40の研究―心理学の“常識”はこうして生まれた』を読む。

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心理学といっても,本書で取り上げているのは,生物心理学,認知心理学,学習心理学,発達心理学,人格心理学,異常心理学,臨床心理学,社会心理学等々と多岐にわたり,生物学,行動科学,認知科学,精神病理学,精神医学と境界線を接している分野も多い。この中から,40の研究を取り上げているが,編者ロジャー・R・ホックは,本書のコンセプトをこう述べている。

「本書のコンセプトは,私の長年にわたる心理学講義から生まれた。心理学の教科書は,その比較的短い歴史において,心理学という科学を育ててきた中核となる研究を基本としている。しかし,教科書では,そういった独創的な研究に対して,その研究が享受すべき関心が払われることはめったにない。研究の過程は,そうした研究による発見がもつ本質,その発見にともなう高揚感がほとんど残っていないくらいまで,要約され内容が薄められている。研究方法や研究による発見についての記述のされ方のせいで,読者が研究の持つ本当の影響力について誤解することさえもときどき起る。(中略)心理学すべての基礎は研究にあり,私たちの人間行動に関する知識・理解が,今日に見られる高度のレベルまで質量ともに発展してきたのは,一世紀に渡る独創的で素晴らしい研究があったからこそであることを考えると,この状況は不幸であると言える。
 本書は,心理学教科書と,心理学を成立させた研究との間にある,かなり大きなギャップを埋めようとする試みである。」

40の選択は,編者自身,

「議論の余地はあるが,心理学の歴史において,もっとも有名で,重要で,影響力があると言ってもよい者たちである。」

と述べるように,異論はあるかもしれないが,

「本書で取り上げた研究は,もっともひんぱんに引用され続けており,発表時に多くの論争を巻き起こし,多くの関連研究が続くきっかけを作り,心理学研究の新分野を開拓したのである。」

取り上げ方は,

1.オリジナルの研究はどこで手に入れられるかがわかるように,入手しやすく,しかも正確な参照先
2.取り上げた研究が生まれることになったこの分野における背景や,研究者が研究プロジェクトとを実行するにいたった理由をまとめた簡潔な紹介
3,研究が依拠する仮説
4.被験者はどういう人物であり,その被験者はどのように選ばれたかなど,必要に応じて,研究プロジェクトで採用された実験の設計や実験の方法の詳細な説明
5.明確で,わかりやすい,専門知識や統計データを使わない,専門用語を避けた言葉による研究結果の要約
6.オリジナルの論文における著者自身の考えをもとにした,研究による発見がもつ意味
7.心理学の専門分野における同研究の意義
8.同研究を支持したり,反駁したりする研究結果やこの分野における同研究に対する疑問や批判に関するまとめ
9.同研究が引き続き影響を及ぼしていることを示す,最近の展開や他の研究者の論文における同研究の引用から一部を紹介
10.同研究に関連している祭神論文の参照先

と,その論文のポジショニングをはかると同時に,

「こうした重要な発見がもつ高揚感やドラマ性を感じ取ってもらう」

ねらいで,委曲を尽くしている。とりわけ,

仮説―実験―結論-支持・反駁

という流れは,各紹介論文ごとに徹底している。さらに,当時は議論にならなかったであろう,動物実験や被験者への研究倫理上の問題にも,いちいち触れて検討を加えている。ただ,論文を取り上げるという制約から,たとえば,フロイトは,

アンナ・フロイト,

の論文「自我関与と自己防衛」で代替せざるを得なかったような部分はある。

心理学百年余の中で,

古典的条件反射のパブロフ,
オペラント条件付けのスキナー,
認知発達段階のピアジェ,
印象形成プロセスのアッシュ,
心の中の地図(認知地図)のトールマン,
奥行認知能力のギブソン&ウォーク,
期待効果(ピグマリオン効果)のローゼンソール,
レム睡眠のアゼリンスキー,
顔表情の共通性をざぐったエクマン,
社会的再適応評定尺度(SRRS)ノホームス&レイ,
タイプAタイプBのフリードマン&ローゼンマン
異常と正常診断の不可能さのローゼンハン,
服従に関する研究のミルグラム,
認知的不協和のフェスティンガー,
左脳右脳の分業につてのザガニガ,
目撃証言の不確かさを証明したロフタス,
母と子のカンガルーケアの重要性を発見したハーロウ,
性行為の実態に迫ったマスターズ&ジョンソン,
学習性無力感のセリグマン,
セラピー理論の効果についてのスミス&グラス,
系統的脱感作法のウォルピ,
同調圧力についてのアッシュ,
責任分散で傍観するダーリー&ラタネ,

等々,懐かしいのもあれば,知らなかった研究もある。

本書を読んで感心するのは,当たり前だが,

仮説,

を一項目必ずおいていることだ。仮説とは,

現状への疑問,

に他ならない。実験プロセスや人となりの是非だけで,おもしろい仮説を葬り去るSTAP細胞騒動の,この国の,独創性とは何か,創造性とは何かという基本風土がなく,ただ結論だけを追い求める野次馬根性とのあまりの差に,愕然とする(一方,STAP細胞と名づけるかどうかは別にこの仮説を特許申請するアメリカの学者のチャレンジ精神に感心する)。

例えば,ホブソンとマッカレーは,フロイトの精神分析的夢解釈に疑問を持ち,結果として,

「生理学上の夢睡眠に,人間とその他の動物に違いはない」
「眠っている間,感覚入力(外界から脳に入ってくる情報)はブロックされている。」
「レム睡眠中に脳は活性化され,独自の情報を自ら生み出し,レム睡眠中に夢を作っている」

として,

「夢睡眠は純粋に生理的なもの」

と結論を出した。大事なのは,仮説であり,それを立証するための実験方法の構想である。その(今日では批判があるが)出色なのは,ミルグラムの服従実験である。

なお,他にもこの40から洩れているものはあるだろうが,個人的には,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/436714013.html

で取り上げたザイアンスの,

単純接触効果,

が入っていないのは,ちょっと残念である。

参考文献;
ロジャー・R・ホック編『心理学を変えた40の研究―心理学の“常識”はこうして生まれた』(ピアソンエデュケーション)


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:09| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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