2016年06月17日

さもしい


政務費の私的流用や官房機密費で公然とマスコミを接待して舌鋒を籠絡すると言った,いわば,業務上横領まがいの「さもしい」連中が,この国の牛耳を執っていることに,いたたまれぬ恥ずかしさを覚え,そう言う人間しか選ばぬおのれへと,その罵詈雑言は,返ってくる。

さもしい,

とは,人として,

あさましい,

ということだ。

卑しい,

ということでもある。この辺りの言葉の差異は少し気になる。『日本語語感の辞典』には,

「さもしい」は,欲が深く心の卑しい意,
「浅ましい」は,品性が下劣で惨めで情けない意,
「卑しい」は,下品の意,

と区分する。『江戸語大辞典』は,「さもしい」として,

「浅ましい,卑しい」

と,ほぼ同義に扱う。微妙な違いは,あとから見ることとして,まず,「さもしい」は,辞書(『広辞苑』)には,

「一説に,沙門(さもん)からサモンシイが作られ,サモシイと転じた語で,沙門のようだというのが原義という」

と,注記して,

見苦しい,みすぼらしい,
卑しい,卑劣である,心がきたない,

と意味を載せる。語源は,『語源辞典』は,『広辞苑』と同じ説を取り,

「托鉢姿のみすぼらしさから,みすぼらしい意に使い,また托鉢の心意を知らないで,恵みを得る乞食に似ているところから,心が卑しい意にもなりました。」

とし,『語源由来辞典』も,

http://gogen-allguide.com/sa/samoshii.html

「さもしいは、漢語『沙門(さもん)』を形容詞化したとする説が有力とされている。 『沙門』は サンスクリット語で『僧侶』を意味する『sramana』を音写した語で、托鉢僧の みすぼらしい姿から、『沙門』を形容詞化し『さもしい』の語が生じたといわれる。 他に、『 さまうし(様憂し)』の転や、『さまあし(様悪し)』といった説があり,さもしいがシク活用であることから、『さまあし(様悪し)』の転は十分に考えられる。」

としている。いずれにしても,

外見のみすぼらしさ,

を,心のみすぼらしさのメタファに転用した,という意味では同じだろう。

「浅ましい」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/424460001.html

でふれた。「浅まし」は(『広辞苑』では),

「動詞アサムの形容詞形,意外なことに驚く意が原義,善いときにも悪いときにも用いる」

と注記があり,

意外である,驚くべきさまである,
興ざめである,余りのことに呆れる,
(あきれるほど)甚だしい,
なさけない,惨めである,見苦しい,
さもしい,心が賤しい,

といった意味になる。語源は,『広辞苑』の,

浅む(意外でおどろく)の未然形+しい

のようである。『大言海』によれば,

もともと浅しという意の語,

とある。さらに「あざむ(浅む)」を見よ,とあり,

「浅(あさ)を活用して,あざむと云ふなり,あきれ返るによりて濁る(淡(あは)むをあばむと云ふと同趣),この語の未然形アサマを,形容詞に活用せさせて,あさましと云ふ(勇(いさ)む,いさまし,傷(いた)む,いたまし)。すなわちあさましく思うなり,あざ笑うも,あざみ笑うなり」

と詳しい。「あさむ」を「あざむ」と濁ることで,意味は評価を下す意味を込めることになる。しかも,加えて,

驚き呆れる,あっけにとられる,興ざめ,の意を含む,

とある。「浅まし」は,ただ「卑しむ」というのではなく,

驚き呆れる,

という意味があるということは,想定外,意想外,ということだ。

そういうことをしない人がそんな振る舞いをした,
とか,
こういう場でそんなことはしないだろうということをした,

というニュアンスであろうか。しかし,元々「浅し」は,

深しの対,

だから,空間的に,

奥行がない,
とか
平面的,

という意味であり(色や香りに転用されて「薄い」もある),それが時間的に意味を広げて,

時間経過が少ない,

となり,身分や関係に敷衍されて,

地位が低い,
縁が薄い,

となり,結果として,

心の至りつくところが深くない,
智恵が未熟,
情が薄い,
趣きが少ない

となる。どうも「浅ましい」は「浅」と縁が深い。浅いということは,あまりいい評価にはつながらないらしい。

薄っぺら
軽い
表面的
皮相

は,いずれも,貶める言い方に通じるようだ。『語源由来辞典』にも(『語源辞典』も同じ),

http://gogen-allguide.com/a/asamashii.html

「あさましいは、『意外なことに驚きあきれる』『びっくりする』という意味を表す動詞『あさむ』 の形容詞形。 本来、あさましいは『意外だ』『驚くべきさまだ」といった意味で、良い場合にも悪い場合にも用いられた。 時代とともに、『甚だしほどひどい』『意外なことに驚いて興醒めする』『酷くて話にならない』と言った悪い意味の使用例が多くなり,現在のように意味に移っていった。』

とある。「浅まし」は,悪い意味の変化に,憐れみ,あざ笑う,というニュアンスがある。ただし,元々「そんなことをしないはず」の人に対して,でなくてはならない。そのニュアンスは,『古語辞典』の,

「見下げる意の動詞アサミの形容詞形。余りのことにあきれ,嫌悪し,不快になる気持ち。転じて,驚くような素晴らしさにいい,副詞的には甚だしくという程度をあらわす。」

このニュアンスだと,「さもしい」とは違い,「驚き」の方に力点がある,ということになる。その意味で,意味は多様である。たとえば,辞書(『広辞苑』)には,

意外である,驚くべきさまである,
興醒めである,あまりのことに呆れる,
(あきれるほど)甚だしい,
情けない,惨めである,
さもしい,心が卑しい,

と並ぶ。どうも「想定外」「意外」の感じがつきまとう。

「卑しい(賤しい)」は,辞書(『広辞苑』)には,

「類義語アヤシが不思議と思われる異常なものに対する感情であるのに対し,蔑視または卑下すべきものに対する感情をあらわす。」

と注記して,

身分や地位が低い,
貧しい,みすぼらしい,
取るに足りない,
下品である,
さもしい,下品である,
欲望がむき出しである,いじきたない,

という意味が載る。語源は,二説ある。

説一は,「イヤ(否)+ナシ」で,否定すべき人,
説二は,「イヤ(弥)+シ(下・敷く)」で,いよいよ下に敷かれる人,

つまり,身分の低い人を言い,

いやしむ,
いやしめる,

と同源。『日本語の語源』には,

「身分・品性・精神の程度がたいそう低いことをイヤヒシク(彌低し)といった。ヒ・クを落としてイヤシ(賤し・卑し)になった。」

とある。いずれの説を取っても,「卑しい」は,「卑」「賤」の字を当てているように,下賤のもの,という身分を,人としての品格の賤しさのメタファとしたという意味で,この語を使うこと自体が,

賤しい,

と言える語かもしれない。

こうみると,「さもしい」同様,外見や身分を,その人の品位と同列視した言葉,ということができる。

いまや,「さもしい」「あさましい」「いやしい」も,ほぼ同列,

品性が下劣なさま,
心根が卑しい,

という意味で使われている。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q134615948

には,「いやしい」「さもしい」「あさましい」の微妙な違いを,

“いやしい”びんぼーくさい.品がない.自分の利益しか考えない,
“さもしい”せこい,心がいやしい,ひきょうな,
“あさましい”きたね~,見苦しい,恥知らずな,

と,ニュアンス差を.区分していた。その言葉の意味を嗅ぎ分けるのは,

その人自身の品位,

を反映しているのかもしれない。僕は,薄っぺらの「浅ましさ」も貧乏くさい「卑しさ」も我慢できるが,

さもしい,

とだけは言われたくない気がする。

参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 04:43| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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