2016年06月21日

人間


人間は,普通,

にんげん,

と訓む。しかし,

人間(じんかん)万事塞翁が馬,

とあるように,「人間」は,もともと,世間という意味であり,江戸時代,

人,

という意味で使われるようになった,と恥ずかしながら,ある本を読んでいて,知った。確かに,『江戸語大辞典』には,

人間(にんげん),

として,

ひと,

の意味で載る。そもそも「人間(にんげん)」は,辞書(『広辞苑』)でみると,

人の住むところ,世の中,世間。じんかん,
(社会的存在として人格を具えた)ひと,
人物,人柄,

という意味が載る。「人間(じんかん)」は,

「人の住むところ」

という意味,とある。因みに,「ひとあい」と人間を訓む場合があるらしいが,その場合は,

人とのづきあい,人の気受け,

という意味になるらしい(「ひとあいの心ざま優に情ありければ」(『平家物語』))。また「ひとま」と訓むと,

人のいないすき,人の見えない間(「ひとまには月を見て」(『竹取物語』)),
人との間が絶えることを言う(「少し契りのさはりあるひとまをまことと思ひけるか」(『女郎花』)),

という意味になるらしい。閑話休題。

「人間」は,中国語では,

「人+間」

で,人びとの間,世の中,という意味になる。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ni/ningen.html

には,

「人間は、仏教語でサンスクリット語『mamusya』の漢訳。 仏教語としての『人間』は『世の中』『世間』『人の世』を意味した言葉で、『人間』に『人』そのもの意味が加わったの は江戸時代以降である。『人間』を『にんげん』と読むのは呉音、漢音では『じんかん』という。一般に『人』を表す場合は『にんげん』、『世の中』の意味で用いる場合は,『じんかん』と訓み分けられる場合が多いが,この読み分けに特別な理由はない。」

とあるので,「じんかん」と訓むか,「にんげん」と訓むかで,差はなく,そもそももともと「ひと」を指していない。となると,

人間万事塞翁が馬,

も,

じんかんばんじさいおうがうま,

と訓もうと,

にんげんばんじさいおうがうま,

と訓もうと,ここでは,「人間」は,

ひと,

の意味ではなく,

人の住んでいる世界,世間,

という意味になる。この諺の謂れは,

https://mizote.info/image/02profile/30kaisetu_jinkan.html

に譲る。当然,『信長公記』の有名な,

「此時、信長敦盛の舞を遊ばし候。人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか、と候て、螺ふけ、具足よこせと仰せられ、御物具召され、たちながら御食をまいり、御甲めし候ひて御出陣なさる。」

の,

「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」でいう,「人間五十年」も,

「当時の人の平均寿命が50歳だったからという受け止められ方の方が流通している」

というのは正確ではなく,

じんかん,

と訓むか,

にんげん,

と訓むかはともかく,「ひと」の意味ではなく,「この世の中」という意味になる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E7%9B%9B_%28%E5%B9%B8%E8%8B%A5%E8%88%9E%29

には,

「人間(じんかん)五十年」は、人の世の意。 『化天』は、六欲天の第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、化天住人の定命は8,000歳とされる。『下天』は、六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。信長は16世紀の人物なので、『人間』を『人の世』の意味で使っていた。『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』の正しい意味は、『人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない』である。」

と解説する。しかし,

人間到る処青山あり,

は,幕末の僧月性の「清狂遺稿」の漢詩「将東遊題壁」

男児立志出郷関
学若無成死不還
埋骨豈期墳墓地
人間到処有青山

に拠るので,微妙である。「ひと」という意味が強い。

『大言海』の「にんげん」の項には,

人の住むところ,
仏経に,六界の一つ。即ちこの娑婆世界。人間界,
俗に,過りて,人,

等々,と載る。どうやら,「人間」は,仏経の訳語から来たものらしい。因みに,六界は,

六道,

に同じ。六道については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93

に詳しい。六道(ろくどう,りくどう)とは,

「仏教において迷いあるものが輪廻するという、6種類の迷いある世界のこと。
 天道(てんどう、天上道、天界道とも)
 人間道(にんげんどう)
 修羅道(しゅらどう)
 畜生道(ちくしょうどう)
 餓鬼道(がきどう)
 地獄道(じごくどう)」

のひとつということになる。

http://www.tendai.or.jp/houwashuu/kiji.php?nid=86

にその間の経緯は詳しい。

「この言葉は、漢文では原則として、人の意として『じんかん』と読むが、『じんかん』は世間、この世の意味であり、中国古典では真なる世界に対する俗世間という語感をもつこともあるようです。これをいわゆるお経読みといわれる読み方で『にんげん』と発音するのは、もとは仏教のことばだからです。」

参考文献;
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20140220/1392830433
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E6%80%A7
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93


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