2016年07月31日

心が通じる


「心が通じ(ず)る」は,

お互いの気持ちが伝わり合う,

という意味だと,『広辞苑』には載る。

心が通う,

という言い方もする。『大辞林 第三版』には,「心が通う」の意味を,

互いの気持ちが通じ合う。心が通じる,

とする。しかし,

心が通じ(ず)る,

心が通う,

は,瑣末なことにこだわるようだが,微妙に違う感覚がある。『大辞泉』の「心が通う」の意味は,

互いに十分に理解し合っていて,心が通じ合う,

とある。「通う」は,

「通じ合う」

状態で,『日本語語感の辞典』には,「かよう」は,

「一定の場所との間を定期的に繰り返し行き来する意」

とある。

通じ(ず)る,

は,ingという「いま・ここ」での状態なのではないか。時枝誠記の「風呂敷型(統一形式)」の日本語の,「詞」と「辞」でいうなら,

「詞」は,客体表現,
「辞」は,主体表現,

に喩えられる。これについては,

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod0924.htm

で書いた。つまり,「通じる」は「辞」,「通う」は「詞」になぞらえられる。つまり,「通う」と「通じる」は(発話の)視点が,違うのである。

「通う」は,

外から,

「通じる」は,

内から,

と言ってもいい。

「通じる」は,主観的にそう感じているが,
「通う」は,客観的に見える状態,

と言い換えてもいい。その場合,「通じ(ず)る」にしろ「通う」にしろ,『広辞苑』の,

気持ちが伝わり合う,

だけなのだろうか。『大辞林』の,

「互いに十分に理解し合っていて,心が通じ合う」

とは,

「気持ちが伝わり合う」

と同じなのか。「心」は,漢字では,

「心臓を描いたもの。それをシンというのは,沁(シン しみわたる)・滲(シン しみわたる)・浸(しみわたる)などと同系で,血液を細い血管のすみずみまで,しみわたらせる働きに着目したもの」

で,ズバリ「心臓」を指しており,「心」は,抽象度の高い,

精神,

を意味していた。和語の「こころ」は,

「『コゴル(凝固)』が語源です。体の中にあるもやもやしたものが凝り固まったものをココロと言い表したのです。心の存在する場所を心臓としたのは中国の影響かと思われます。現代的に表現すると,『人間の精神のはたらきを凝集したもの』が,こころです。」

とあるし,『大言海』も,

「凝り凝りの,ここり,こころと転じたる語なり。されば,ここりとも云へり」

から,「こころ」とは,

知情意,

の「心」ではなく,限りなく,

情のみの,

思い,
とか,
気持ち,

というのが近いのではないか。

「かよう」の語源は,

「カ(交ヒ)+ヨフ(動揺,繰り返す)」で,行き来する,共通する,意味の語源とする説,

「カ(処)+ヨフ(動揺,繰り返す)」で,場所移動を繰り返す,二空間が共通する,などの意とする説,

がある。『大言海』は,

「カは,交ひの意か(ちかひごと,ちかごと。そひなるる,そなるる)。ヨフは,動く意。もこよふ,いさよふ,ただよふ。」

と,「カ(交ヒ)+ヨフ(動揺,繰り返す)」をとり,拾遺集の,

「松が枝の,かよへる枝を,鳥栖(とぐら)にて,巣だてらるべき鶴の雛かな」(連理交叉の枝なり)

の例を挙げている。明らかに,「連理」になぞらえている。

「つうじる」は,漢字「通」由来で,「通」の字は,

「用は『卜(棒)+長方形の板』の会意文字で,棒を板にとおしたことを示す。それに人を加えた,甬(ヨウ)の字は,人が足でとんとんと地板を踏み通すこと。通は。『辶(足の動作)+音符甬』で,途中でつかえてとまらず,とんとつきとおること」

という意味になり,「通じ(ず)る」は,

「通+する(サ変動詞)」でもとおる,かよう,相手にわかる意,

となる。

こうみると,「心が通じる」は,一方通行に,まるでストーカーがそう思い込んでいるように,勝手に,

心が通う,

という幻想状態を,極端に言えば,妄想していることになる。その場合,それぞれが,勝手に,別々に思い描いた土俵で,

心が通う,

と思い込んでいることも含まれる。しかし,「心が通う」は,両者が,互いに,ひとつの土俵で,

思いが通じ合っている,

と思っている,ということになる。少なくとも,それぞれが,別々の土俵で心が通じている,と思い込んでいるのではなく,吉本隆明の,

対幻想,

ではないが,それぞれが,ひとつの土俵で,通じ合っている,と思っている,ということになる。もちろん,その土俵が,別々のものなのかもしれないことは,

通じない事態,

に遭遇しないかぎり,誰にもわからない。因みに,英訳すると,

to relate to;
to have one's feelings understood

だそうだが,後者がこの場合近いか。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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posted by Toshi at 04:35| Comment(0) | 対人関係 | 更新情報をチェックする
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