2016年08月15日

こつ


諏訪正樹『「こつ」と「スランプ」の研究-身体知の認知科学』を読む。

コツとスランプの研究.jpg


著者は,「はじめに」で,

「本書で論じるのは『こつ』の体得や『スランプ』を内包する学びです。(中略)サブタイトルにある『身体知』とは,身体と頭(ことば)を駆使して体得する,身体に根ざした知のことです。身体知の学びにおいて,スランプは必要不可欠なできごとです。身体で実践し,ことばで色々考えて試行錯誤することを通じてスランプから抜け出したときに,身体知で学んだ状態(『こつ』の体得)に辿り着けます。新しい『こつ』を体得することで,真新しい風景が見えるようになるのです。」

と書き,身体知とは,

「環境と,自分なりの意味・解釈と,そのときの身体の立ち居振る舞いの三つからなるもの」

で,

身体知の形成過程では,

ことばが重要な役割を果たすこと,
身体は計測機械で客観的に観察できるばかりではなく,自身が内側から感じ,考えることができる,

として,それを,

一人称研究,

と呼び,著者自身の内角打ちを例に,「こつ」を内側(体感)から明らかにしようとする試みを,本書では随所に披瀝している。

「身体知の学びとは如何なる事象なのか?学びを促すために効果的な手法はあるか?これらの問いの答えを探ることが私の研究テーマです。現在私が抱く仮説は以下のとおりです。身体知をうまく学ぶには,身体と環境の相互作用で生まれる体感に向き合い,それをことばで表現しようと努め,体感の微妙な差を感じとって比較し,体感を制御したりつくりだしたりする生活習慣をもつのがよい。
 同じ行為を繰り返していても,…身体も環境も実は知らぬ間に変化しています。したがって,体感も変化しているはずです。体感を感じとってことばで表現しようとする努力がない場合は,いつのまにか相互作用が変容していても自覚できないものです。」

このことばで表現するのを,

体感と言葉のマッピング,

と呼び,その身体知の学びを促す,

身体とことばの共創を生むメソッド,

を,ことばシステムとからだシステムが共存している,

からだメタ認知,

として理論化している。これを,マイケル・ポランニーの暗黙知の近位項・遠位項と対比して,

「身体が物理的な環境に遭遇することによって生じる関係や相互作用の一部に対して,私たちは心の働きによって自分なりの意味を生み出す」

という身体知の,

「身体と物理的な環境の間に成り立つ関係や相互作用は,…近位項…,『自分なりに生み出した意味』…が近位項」

と類推し,

「近位の方向に眼差しを向ける領域を拡げ,個々のモノ,モノの性質や位置関係,自分の身体の各部位,そして体感へと,より身体に近い領域を丹念にことばで表現してみるというメソッドを,わたしは〈からだメタ認知〉と呼んでいます。」

という。この〈からだのメタ認知〉は,いわゆる,ブラウンやフラベルらの提唱した,

メタ認知,

とは違う,とこう説明する。

「認知の認知であるメタ認知とは,自分が『何を考えているか』をことばにして明確に捉える行為であると定義されたのも不思議ではありません。また〈メタ認知〉という概念が登場した当時は,…逐次的な情報処理モデル(知覚→思考→行動)で知能が理解され,環境は認知の外側に位置するものでした。したがって,認知=頭のなかで言語的に考えていること,という図式だったのです。しかし…認知とは,単に頭のなかで生起している思考だけではなく,環境からの知覚,環境に対する働きかけとしての身体動作も含む,主体のからだと環境のインタラクションの総体を意味する。」

したがって,〈からだメタ認知〉は,

身体と環境のインタラクション(体感を含めて)をことばで表現する,

として,ことばで表現(ことば化)するべきものとして,

①自分は環境を構成するどういうモノの存在に気を留めているか,
②自分はモノのどういう性質や関係を認識しているのか,
③自分の身体はどう動いているか,
④自分はどのような体感を得ているのか,
⑤自分は知覚したモノ世界にどのような意味を与え,解釈しているのか,
⑥自分はどんな問題意識や目的をもっているか,

を挙げている。

「ことばという外的表象化を行う前には漠としていたのに,語ることを通して,そのときどきの選択/分別に自己が現れ,それを自覚し,次第に自己が確立するのです。」

一方では,新しいことばがうまれたとき,それに応じて,身体の御し方が変わり,逆に,からだが摑んだことをことばの変化につなげることもあり得る。

「からだメタ認知の実践において,体感に必ずことばを貼り付け,様々な体感に留意していると,以下のことが可能になります。それは,『体感の類似性や連動性に気付く』という現象です。」

ことばと身体の共創,とはこういうことを指しているのだろう。

以上,「こつ」については,「whatの研究」ではなく,

「howの研究」

と著者自身が言っているように,実践的に示されているが,「スランプ」については,少し異論がある。著者が,

「スランプとは,現状の問題点を発見し修正して,新しい『こつ』を体得するための準備期間」
「スランプとこつの体得(パフォーマンスの急激な向上)の繰り返しです。」

で使っている,

スランプ,

と呼んでいるのは,学習曲線の,

踊り場,

をそう呼んでいるのではないか。素人に,あるいは初心者に,

スランプはない,

という名言(誰が言ったのだったか,野村克也氏かも)は当たっていると思うのだが。

参考文献;
諏訪正樹『「こつ」と「スランプ」の研究-身体知の認知科学』(講談社選書メチエ)


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:56| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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