2016年08月22日

記憶


アルベルト・オリヴェリオ『覚える技術』を読む。

覚える技術.jpg


訳書名『覚える技術』だと,

記憶術,

の本のように見える。そのことに言及がないわけではないが,いささか全体の印象とは異和感がある。訳者の池谷裕二氏によると,

『La Arte di Ricordare』

で,直訳すると,

『記憶の技巧』で,

「『効率よく記憶するためのノウハウ』といった意味であろう。しかしイタリア語のArteには,『芸術』という意味も含まれている。」

とする。英語のArtと同じと見ると,記憶というものの驚異を込めた含意に思える。それは,同時に,脳というものの持つ潜在力といってもいい。

脳の力,記憶には,

陳述記憶(意味記憶),
エピソード記憶(自伝的記憶),
手続記憶,

というのがあるが,

「手続き記憶は進化の流れからいえば,かなり古風なもので(つまり,カタツムリや他の無脊椎動物などの原始的生物にもある),人間にも発祥初期に胚の時代があるように,進化の過程でいえば,初期の形態」

であり,逆に,認識に関わる,

「意味記憶的タイプの記憶は,進化の段階では後期の形態で(高等なホ乳類だけに備わっている),手続き記憶に較べるとその発達も遅く,幼児期になってやっと発達がはじまります。社会的なタイプの手続き記憶は高齢になるまで持続し,老人に見られる脳の老化現象…がはじまるまで続きます。」

別の記憶の分類,つまり脳の機能による,

短期記憶(作業記憶),
長期記憶,

という区分の仕方もある。一度に6,7の情報源を短期間記憶にとどめ,それが貯蔵庫に移されて,長期記憶となる。

「短期記憶から長期記憶へ移行する,つまり,記憶が定着するためには,新しくシナプスが形成され,それが安定する必要があります。もし,シナプスが安定しなければ,そのまま排除されることになります。」

それを,

ヘブのモデル,

と呼ぶらしい。カナダの神経学者ドナルド・ヘブは,こういう仮説を立てた。

「短期記憶とは,一群の神経細胞やそのネットワークが神経細胞のつくる『輪(ループ)』,つまり,神経回路…を通る活動電位の影響を受けて,電気的に変化することではないかと考えたのです。そして,…その回路に何度も繰り返し情報が通過することを示すために,それが『反射回路』であると定めました。(中略)この段階で,(電気ショックのように)強い放電があったり,(脳の外傷による後遺症のように)神経機能の変化があったり,あるいは(多くの記憶の干渉現象に見られるように)ライバルの『神経回路』があったなら,不安定な反射回路である短期記憶が,安定したシナプスによって結びついた神経細胞のネットワークである,本物の神経回路へ変化することを妨げられる…。」

それは,庭師の,余分な葉や枝を刈り込む,剪定に喩えられる,という。たとえば,エピソード記憶を例に,脳の機能をみれば,

「側頭葉は扁桃体や海馬と結びつき,海馬は脳弓を介して間脳と結びついている…。それは,まるで記憶回路を形作っているように見えます。もちろん,その回路には側頭葉や海馬,間脳とも直接結びついている,すべての大脳皮質が関与しています。…この働きによって,経験したことを意識下で認識し,それを自分の意志で思い出したり,自発的に心に思い浮かべたりするわけです。感情や経験は外面的な記憶に形を変えるために,側頭葉の神経組織を通過しなければなりません。これは一種の漏斗のようなもので,すべての感情や認識がいったんここでフィルターに掛けられ,さらにここから海馬や扁桃体を通って,その特徴によって細かく分類され(空間的記憶,感情的記憶など),間脳に到達し,様々な経験が『集められ』,そして脳の神経回路に安定した記憶として登録されるわけです。これが,『側頭葉―海馬―間脳』という記憶回路…であり,日常生活のさまざまなエピソードの要素(感情,知的なエピソード,情緒,価値観など)を互いに結びつけて,個々人の思い出に残る出来事として,エピソード記憶に形を変えるわけです。」

通常,脳は,目覚めている状態で,一秒間の振動数が,

12~14ヘルツ,

と,言われる。しかし記憶力の高い人は,

8~10ヘルツ,

の目をつむって休憩している状態にまで抑え込み,さらに,

5~7ヘルツ,

という眠っている状態まで,抑えることができる,という。そうすることで,神経を高ぶらせる刺激を断ち切っている,ということらしい。情緒のコントロール,ストレスの解消,注意力の涵養,によってそれができる,らしいのである。

J・フォン・ニューマンによると,

「人間が一生のうちに脳に貯えることのできる記憶量の総計は,平均して情報の基本単位で28×1020に達するそうです。これは280×10億×10億ビット,つまり3000億ギガビットに相当します。」

という。その中には,

覚えのない記憶,

も含まれる。M・ミシュキンによると,

記憶には,異なる二つの機能,

が存在する,という。

「一つは本来の意味で使われる『記憶』で,情報をそのまま写し取る機能です。もうひとつは,『刺激・反応に結び付いた機能』で,習慣的な記憶や暗黙の記憶などと呼ばれているものです。」

だから,何かを学ぼうとする時,記憶の無意識的な側面」,潜在的記憶が,その前提になっていることがある。逆に言うと,それを利用すれば,もっとうまく上達したりするかもしれない。それを呼び起こすことを,

プライミング,
あるいは,
プライミング効果,

と呼ばれる。それは,ローレンツの,

刷り込み,

と似ているとされる。予想されるように,プライミングは,

手続き記憶,

に属している,とされる。プライミングは,

「本質は『視覚』なのです。したがって,この記憶は視覚をコントロールする後頭葉に存在するわけです。…同じ領域には,言葉を視覚的な側面から捉えようとする,言葉のイメージが貯えられています。一方,言葉を考えることは,言葉の意味を考えることであり,この働きは,より複雑な『意味記憶』に頼っています。そして,それは側頭葉や前頭葉の活動によるものなのです。…『プライミング』が機能している間は,脳の後頭葉が活性化されていますが,意味記憶が活動している時には,脳の中部や前部が活性化されているのが確認されます。ふつうの状態では,これらの記憶システムは協力し合って働くのです。」

最後に,ボケを防ぐには,という五項が出ているが,かつてNHKで,

脱メタボ,
有酸素運動,
コミュニケーション,

と三条件を挙げたが,「コミュニケーション」を条件に入れていないことが気になる。脳への刺激は,ひとり暮らしにとって,人からの刺激のないことだ。コミュニケーションこそ,その意味で最大の刺激のはずだから。

参考文献;
アルベルト・オリヴェリオ『覚える技術』(翔泳社)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:56| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください