2016年09月05日

そうろふ


「そうろふ」は,

候ふ,

と当てる。『広辞苑』には,

「さぶらふの転」

とあり,

目上の人のそばに控える,つかえる,はべる,
「あり」の謙譲語,または「あり」の丁寧な言い方,

等々と意味が載る。瞬間に,

さむらい(侍・士),

との関連を想像した。『広辞苑』には,「さむらい」について,

「さぶらひ」の転,

とあり,いわゆる武士の意味の他に,

「さぶらい」に同じ,

とある。「さぶらい」を見ると,

「さぶらふの連用形から」

とあり,

主君のそばに使えること,また,その人,
平安時代,親王,摂関,公卿家に仕えて,家務を執行した者。多く,五位,六位に叙せられた。
武器をもって貴族の警固に任じた者。平安中期,禁中滝口,院の北面,東宮の帯刀(たちはき)などの武士の称,

とあり,「さぶらふ」「さぶらひ」と,ほぼ意味が重なる。つまり,

侍する,
仕える,

という状態表現が,一方で,謙譲の価値表現の「候」に,他方に,その状態自体を擬人化して「侍」に転じていったと想像される。

語源で確かめておくと,「そうろう」は,

「『さぶらふ(仕える,ある,いる)の音韻変化』で,伺候する,の敬語」

であり,「さむらい」は,

「『サブラフ(侍ふ)の連用形。サブラヒ,サモラヒ,サムラビと音韻変化した語』です。高位の人,目上の人のそば近くに仕える人をいいます」

で,「さぶらう」は,

「『サ+守+フ(継続・反復)』です。上代のサモラフは,『守り続ける』意と考えられます。後,ソウロウとなり,候という感じを当てますが,同じ語源なのです。」

とある。「さもらう」は,

「『サ(接頭語)+モル(守る)の未然形+フ(継続)』です。後に,サブラフ,候ふ,ソウロウ,と変化した。」

とある。『古語辞典』も,「さもらひ」について,

「サは接頭語。モラヒは,見守る意の動詞モリに反復・継続の接尾語ヒのついた形」

と,同趣旨を書いている。なお,『古語辞典』では,「さぶらひ」の項に,

候ひ,
侍ひ,
伺ひ,

を当て,

「サモラヒの転。じっとそばで見守り待機する意。類似語ハベリは,身を低くして貴人たちのそばにすわる意。」

として,

「そばに仕える,丁寧の助詞(「丁寧語としては奈良・平安時代にはハベリ(侍)が使われていたが,次第にサブラヒが取って代わった。ロドリゲス大文典によれば,鎌倉・室町時代には,男は『さうらひ』の形で,女は,『さぶらひ』『さむらひ』の形で使うという区別があったらしい),と並んで,名詞として,

貴人や目上の人のそばにいつも控えて仕えている人,
君主のそばで警固に任ずる者。帳内(ちゃうない)・内舎人(うとねり)・兵衛・滝口・帯刀・北面など。君側に仕えることから,後には,『さぶらひ』が上級武士の身分的呼称に転用されることになった。」

と載せ,「そうろう」と「さむらい」の同義性を強調している。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/samurai.html

は,「さむらい」側から,

「侍の語源は、貴人のそば近くに使えることを意味する動詞『さぶらふ(さぶらう)』の名詞形『さぶらひ』に由来する。『さぶらふ』は、『守らふ(もらふ)』に接頭語『さ』が付いた『さもらふ』が古形となる。 平安時代、『さぶらひ』は貴人のそばに仕える男のことを言ったが、鎌倉時代以降、武士階級の勢力が強まり、武士一般を呼ぶようになり、室町時代に『さぶらひ』から『さむらひ』へ音が変化した。1603年の日葡辞典には、尊敬すべき人という語釈がされており、侍は武士の中でも偉大な人物を評する語となっていた。」

とする。

「そうろふ」「さぶらひ」「さもらひ」の音韻変化については,『日本語の語源』に,

「貴人の側近で従者が平身低頭の姿で奉仕している様子をハヒアリ(這ひ在り)といった。ヒア(hia)の部分の融合で,ハヘリ・ハベリ(侍り)に転化した。これに反復・継続の助動詞『ふ』をつけたハベラフ(侍らふ)は,語頭の子交(子音交替 hs)でサベラフになり,さらにサブラフ・サムラフ・サモラフ(侍ふ・候ふ)に転化した。」

と,転化のプロセスが詳しいが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D

をみると,

「『サムライ』は16世紀になって登場した比較的新しい語形であり、鎌倉時代から室町時代にかけては『サブライ』、平安時代には『サブラヒ』とそれぞれ発音されていた。『サブラヒ』は動詞『サブラフ』の連用形が名詞化したものである。…まず奈良時代には『サモラフ』という語形で登場しており、これが遡り得る最も古い語形であると考えられる。『サモラフ』は動詞『モラフ(候)』に語調を整える接頭辞『サ』が接続したもので、『モラフ』は動詞『モル(窺・守)』に存在・継続の意の助動詞(動詞性接尾辞ともいう)『フ』が接続して生まれた語であると推定されている。その語構成からも窺えるように、『サモラフ』の原義は相手の様子をじっと窺うという意味であったが、奈良時代には既に貴人の傍らに控えて様子を窺いつつその命令が下るのを待つという意味でも使用されていた。この『サモラフ』が平安時代に母音交替を起こしていったん『サムラフ』となり、さらに子音交替を起こした結果、『サブラフ』という語形が誕生したと考えられている。『サブラフ』は『侍』の訓としても使用されていることからもわかるように、平安時代にはもっぱら貴人の側にお仕えするという意味で使用されていた。『侍』という漢字には、元来 『貴族のそばで仕えて仕事をする』という意味があるが、武士に類する武芸を家芸とする技能官人を意味するのは日本だけである。…『サブラフ』の連用形から平安時代に『サブラヒ』という名詞が生まれたわけであるが、その原義は「主君の側近くで面倒を見ること、またその人」で、後に朝廷に仕える官人でありながら同時に上級貴族に伺候した中下級の技能官人層を指すようになり、そこからそうした技能官人の一角を構成した『武士』を指すようになった。」

と,言葉の変化と侍登場の経緯が詳しい。因みに,「候」という字は,

「侯の右側は,たれた的と,その的に向かう矢との会意文字で,的をねらいうかがうの意を含む。侯は侯,弓矢で警固する武士。転じて爵位の名となる。候は,『人+音符侯』で,伺いのぞくの意をあらわし,転じて,身分の高い人の機嫌や動静をうかがう意となる」

で,うかがうとかそっと様子をのぞく,といった意味になる。「侍」の字は,

「寺は『寸(手)+音符之(し)(足)』で,手足を動かして雑用を弁じるの意。身分の高い人の身辺を世話する人を古くは寺人と称したが,のち寺人の寺は,役所や仏寺の意に転用されたため,侍の字がその原義をあらわすようになった」

で,はべる,身分の近い人のそばに仕える,という意味になる。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)


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