2016年09月17日
マインド・タイム
ベンジャミン・リベット『マインド・タイム-脳と意識の時間』を読む。
リベットの研究とは,
何かしようと意思決定するより前に,無意識レベルで意思決定が起動している,
ということを実証した研究で知られる。本書は,その仮説,実験,検証,仮説,実験,仮説のプロセスを書いたものだ。序文を書く,S・M・コズリンは,
「この本は,大多数の類書とある一点で決定的に異なっている。それは,推測や議論ではなく,実証的な発見に的を絞っている点だ。」
と言っているが,随所で,著者自身も,カール・ポッパーを引き,
「もし,ある理論なり仮説なりが,それを否定する可能性が,ある方法で検証不能なのであれば,提言者は理論が反証されるおそれなしに,どのような意見でも主張することができてしまいます。」
と,自分の主張は,実験を経て発見したものだということを,強調している。それは,反論は,実証をもってなされるべきだ,という主張でもある。
本書では,著者は,三つのことを述べている。
第一は,感覚か脳で意識されるまでに時間差があるということ,
第二は,自由意思に先立って,無意識レベルで神経活動が始まっているということ,
第三は,脳の活動から生じる精神場(CMF)というものを仮説として提示していること,
この三点である。「マインドタイム」という本書の題名は,ここで見られる意識されるまでの「時間差」を指している,と思われる。この意識を,著者は,
アウェアネス(気づき),
と呼び,
「何かに気づいている状態」
とする。
「外界と(感覚入力を介した)身体内部の世界へのアウェアネス,自己の感情(怒り,喜び,鬱)のアウェアネス,自己の思考と想像力へのアウェアネス,そして,自己へのアウェアネスといった,非常に多岐にわたる経験の内容を包括して,人間は気づいて(アウェアネスを持って)います。」
で,まず,感覚的なアウェアネスについて,結果として,
「短いパルス電流(実験によってそれぞれ約0.1~0.5ミリ秒間持続する)による刺激を,一秒あたり20パルスから60パルスの範囲で反復します。その結果,…閾値レベルの微弱な感覚を引き出すには,反復的なパルスを約0.5秒間継続しなければなりません。(中略)連発した閾値の刺激を0.5秒以下に短縮すると,感覚が消失します。」
という結果になる。しかし,
「無意識の精神活動は,ほんの0.1秒かそれ以下の非常に短い神経活動でも現れ」
るのに,である。500ミリ秒持続しなければ意識されないが,
「主観的には,私たちは皮膚刺激に対して感知可能な遅延なしにほとんど即座に気づくようです。個々で,奇妙な逆説が生じます。脳内の神経活動の必要条件は,500ミリ秒程度経過しなければ皮膚刺激の意識経験またはアウェアネスが現れることができないことを示しています。その一方,このような遅延なしに経験したと私たちは主観的に信じています。」
この持続時間あるいは,言い換えると遅延しての知覚を,
タイム-オン(持続時間),
と呼ぶ。この無意識と意識の遅延が,有名な実験結果につながる。これがもたらすことの意味と効果は,すなわち,コズリンの整理に従うなら,こうである。
「リベットは人々に,彼らが選んだ任意の時間に手首を動かすことを求めた。参加者は,時間を示す動く点を観て,彼らが手首を曲げようと決めた正確な瞬間(に点がどこにあったか)を心に留めておくように求められた。彼らは実際に運動を始める約200ミリ秒前に意図をもったと報告した。リベットはまた,脳内の『準備電位』を計測している。これは(運動の制御に関わる)補足運動野からの活動記録によって明らかにされた。この準備電位は実験の行為開始のおおよそ550ミリ秒も先立って生じる。したがって,運動を生み出す脳内事象は,実験の参加者当人が決定を下したことに気づくよりも約350ミリ秒前には起こっていることになる。(中略)
この知見が重要なのはなぜか。二つの理由を考えてみてもらいたい。まず率直に事態を眺めると,意思決定を意識することというのは,決定に至る事象の因果的連鎖の一部というよりはむしろ,その行為を実際に行う脳過程の結果として考えるべきだということを,これらの知見は示唆している。第二に,もし仮に運動が無意識の力によって起動されているとしても,ひとたび人が自らの意図に気づくやそれを拒否するのに十分な時間があるということを,リベットは指摘している。」
「脳過程の結果」としての意思決定,というのは結構衝撃的だが,リベットが例を出すように,スポーツ選手や演奏家の多くが,
意識する前に動いている,
という例は枚挙にいとまがない。例えば,野球のバッターの場合,145キロのボールなら,
「ボールは450ミリ秒でバッターに届く。バッターはおそらく…200ミリ秒まで待つことになる。最後の150ミリ秒前くらいになると,スイングすべきかを決定しなければならない。つまり,150ミリ秒とは,運動皮質を活性化させるために必要な最小限の時間である。というのも,神経メッセージを脊髄の運動神経細胞へと下行させ…適切な筋肉を活性化するまでには,およそ50ミリ秒かかるからである。バットのスイングを生み出す実際の筋肉の収縮は約100ミリ秒の間に生じる。」
筋肉の起動は,既に無意識ではじめていなくては間に合わないのである。リベットの発見は,ある意味常識と合致していると言えるのである。
もうひとつ,リベットが出している仮説は,精神活動は,
「脳のニューロン活動によって生じる場」
である,とするものだ。
「意識を伴う精神場(CMF)は,神経細胞の物質的活動と主観的経験の創発との間で媒介作用をする」
と,リベットはいい,このCMF理論は,ロジャー・スペリーの,
「『精神』は『物質』である脳の創発した属性である」
という理論の延長戦上にある,と自ら認めている。
「磁界は導線の中を流れる電流によって生じますが,いったん生じれば今度は電流の流れに影響を与える」
という譬えで,「場」を説明する。むろん,仮説である。しかし,僕は,意識は,ニューロン活動のもたらす,
ホログラム,
のようなものと考えているので,リベットの仮説がすんなり入る。
それにしても,改めて,無意識が表面化し,著者も,再三フロイトの名を挙げているが,優れた仮説は,いつか,実証の中で蘇る。
仮説構想の大きさ,
というものを再認識させられた著書でもある。著者の
「提案されたモデルまたは理論は,データの解釈に役立てられるときに限って価値があるのであって,データを反証するときに価値があるのではありません。」
という言葉は,常に有効である。
参考文献;
ベンジャミン・リベット『マインド・タイム-脳と意識の時間』(岩波書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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