2016年09月22日

すべからく


「すべからく」は,

須(ら)く,

と当てる。『広辞苑』には,

「為(す)ベカリのク語法。漢文訓読から生じた語。多くの場合,下の『べし』と呼応する」

として,

なすべきこととして,当然,

という意味である。ところが,

http://matome.naver.jp/odai/2140128506775863601
http://spotlight-media.jp/article/158371752965105342

等々によると,

「平成22年度の「国語に関する世論調査」で,「学生はすべからく勉学に励むべきだ。」という例文を挙げて,「すべからく」の意味を尋ね」

たところ,

「10人中4人が『全て』または『皆』の意味で誤認しているらしい」

という。しかし,

「漢文由来の用法で本来は『~べし』で受けなければいけない」

のだから,

「『すべからく~べし』で1セットなので、文末に『~べし』がないのは本来の使い方ではない」

という。例文の,「べき」自体が,誤用ということになる。「べき」は,

「べし」の連用形,

で,厳密に言うと,本来の使い方からはずれている,ということらしい。皮肉である。

語源は,『古語辞典』は,

「スベキアラクの約,すべくあることの意。」

とあり,『大辞林』にも,

「漢文訓読に由来する語。『すべくあらく(すべきであることの意)』の約。下に『べし』が来ることが多い」

とある。『語源辞典』も,

「『スベクアルラク』です。『すべからく~すべし』という形で,『是非とも』『当然』『必ず』の意なのです。須クの漢字を使います。須は,必須の須です。」

とあるし,『日本語の語源』も,

「スベカルコト→スベカラク」

の変化を言う。『広辞苑』のいう,ク語法は,「おもわく」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/439786326.html

で触れたように,

「日本語において、用言の語尾に『く』を付けて『~(する)こと/ところ/もの』という意味の名詞を作る語法(一種の活用形)である。ほとんどの場合、用言に形式名詞『コト』を付けた名詞句と同じ意味になると考えてよいが、記紀歌謡などにおいては『モノ』の意味で現れているとおぼしき例も見られる。」

というもので,

「上代(奈良時代以前)に使われた語法であるが、後世にも漢文訓読において『恐るらくは』(上二段ないし下二段活用動詞『恐る』のク語法、またより古くから存在する四段活用動詞『恐る』のク語法は『恐らく』)、『願はく』(四段活用動詞『願う』)、『曰く』(いはく、のたまはく)、『すべからく』(須、『すべきことは』の意味)などの形で、多くは副詞的に用いられ、現代語においてもこのほかに『思わく』(『思惑』は当て字であり、熟語ではない)、『体たらく』、『老いらく』(上二段活用動詞『老ゆ』のク語法『老ゆらく』の転)などが残っている。」

で,『語源由来辞典』も,

http://gogen-allguide.com/su/subekaraku.html

「すべからくは、動詞『す(為)』に助動詞『べし』が付いた『すべし』が、ク語法で『すべからく』となった語。 ク語法は、活用語の語尾に『く』『らく』が付いて名詞化する語法であるため 、本来は『すべきであること』という名詞句になるが、副詞的に用いられて『当然』『是非とも』の意味になった。元々は『須・応』を『すべからく〇〇べし』と再読した漢文訓読に由来する。近年『すべて』の意味で使用される例が多くみられるが,『すべて』という意味は含まれておらず誤用である。」

としている。この辺りは,微妙で,判断しがたいが,

『大言海』は,

「可為(すべかる)の延。いはく(曰)の條を見よ。ベシに,須(スウ)・應(オウ)・当(タウ),などの字を宛つるに別(わか)たむ為に,須の音に付けて読み習へる漢籍読なりと云ふ。須教(スベカラクオシフベシ),應行(マサニユクベシ),宜定(ヨロシクサダムベシ)の類」

として,「いはく」では,

「曰(い)ふの延音。宣ふの,宣はく,忍の忍ばくの類」

とし,「すべからく」について,

「予めすべき方法を立て,又は,」示すようなる意に云ふ語。」

という意味の説明がいい。ただ,『大言海』の「延音」説は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95

によると,

「ク語法は江戸時代末ごろから明治時代にかけては、いわゆる『延言』のひとつと考えられており、戦前は『カ行延言』の呼称が用いられる事が多かった。特異な形態を持つ事から、専ら語源に関する研究ばかりである。延言ではないことに気付いた系列の研究では、まず接辞のクとラクを設定して考察するタイプと、アクを設定するタイプとがあり、現代では後者が有力と考えられている。」

とあり,時代背景を反映しているのかもしれない。もともと,漢文訓読のために造られた,漢文読みであり,気取って使うならともかく,和文脈には合わないのではないか。誤用も当然である。

「須」の字は,

「もと,あごひげの垂れた老人を描いた象形文字。のち『彡(ひげ)+頁(あたま)』で,しっとりとしたひげのこと。柔らかくしめって,きびきびと動かぬ意から,しぶる,たってまつ意となり,他者をたよりにして期待する,必要として待ち受けるなどの意となった。需も同じ経過をたどって必需の意となり,須と通用する。」

とある。「竜須」というと,龍の髯であり,須臾の「須」にも元の意が残っている。

「『須』は細いひげ,『臾』は細く抜き出すこと,いずれも細く小さい意を含む」

で,

「不可須臾離也(須臾も離るべからざるなり)」(『中庸』)

となる。多く,「需」と通用するというように,「必須」というように,

求める,必要とする,

意で用いられる。「須らく」は,「須知(須らく知るべし)」というように,助詞として用いられているものの訓みとしてもちいたものだが,どこか不自然ではあるまいか。漢文訓読の堅苦しさは,中国言語の言い回しのニュアンスに裃を着せている。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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