2016年10月02日

閉口


閉口というのは,語源的には,

「中国語で『閉口』(口を閉じる)」

で,口を閉ざすという意味以外にはない。しかし,

「近世以降,困る,意で用いています。」

とある。『江戸語大辞典』をみると,

「一言もない。あやまった。参った。降参。屈服。」

と意味が載り,

ただ一言もない→参った→降参→屈服,

と,ただ口を閉ざした意味が,遂には,屈服まで意味が変化している様子が,見える。『広辞苑』には,

口を閉ざして,物を言わないこと(「大儀なれば万座閉口の処」(『太平記』))
言い負かされたり圧倒されたりしい,返答に詰まること屈服すること(「とかく論ずるに及ばないで閉口して畏まったが」(『天草本伊曾保物語』))
相手の出方やその時の状況などのために,手の打ちようもなく困らせること。どうしようもなく参ること(「一ヵ月の断水には閉口した」)

と,ただ「口を閉ざす」と言う状態表現にすぎない言葉に,価値が加えられ,言い負かされて言葉に詰まっている,屈服している,という価値表現にかわっていく様子が見て取れる。『古語辞典』にも,

口を閉ざして物を言わないこと,
返答に詰まること,屈服すること,

と,意味が載るが,用例から見ると,中世末辺りから,価値表現に転じたように見える。今日では,ほぼ,

口を閉ざしている,

という意味では使わず,その意味の,

参った,

困った,

意味でしか使わない。『大言海』には,口を閉ざすの意では,『史記』張儀伝の,

「願陳子閉口,無復言」

を載せ,負けて屈服する意で,『浮世床』

「コリャ,アヤマッタ,閉口,閉口」

を載せて,わかりやすい。

口を閉じて何も言わないこと,

の本来の意味から,口を閉ざしていることに意味を加えて,

口を閉じてものを言わないこと→言い負かされたり圧倒されたりして言葉に詰まる→手に負えなくて困る→屈服,

と意味がマイナスへとシフトしていく。たぶん,最初は,閉じた本人視点であったものが,その相手視点へと移っている,だから,相手側の思い入れ(価値)の加わったものへと変化している,と言えなくもない。

http://hyogen.info/word/8916119

に,「閉口」の使い方を,

あまりの味に閉口する(味がまずいの表現・描写・類語)
閉口する(悲しみの表現)
閉口する(気分が晴れない・落ち込むの表現)
閉口する(恐怖・不安の表現)
閉口する(嫌いの表現)
閉口する(表情・顔に表れた気持ちの表現)

と例示しているのを見ると,相手からの価値表現から,その価値表現を,主体へと押し戻し,自分の価値表現へと再度返している,と見ることができる。

閉口頓首(頓首閉口),

と言う熟語も,

全く困り果てること(さま)。お手上げ。

という意味だが,閉口の意味と視点の変化を前提にした言葉だと言える。

「閉」の字は,

「『門+才(栽の原字。断ち切って止める)』で,門を閉じて,出入りを断ちとめる意をあらわす。」

で,因みに,「とじる」意の漢字には,

「閉」は,門を閉ざす。開・啓・闢の反対,
「鎖」は,錠をおろすこと,「とざす」と訓む,
「闔」は,両開きの扉。転じて,その扉を閉ざす意。
「杜」は,塞。閉じ塞ぐ意。
「閟」は,閉に近く,大切にしめる義あり。廟を閟宮という。
「關」は,かんのきを入れること,

等々があり,ほぼ状態を表現しているにすぎない。

状態に,無用に思い入れを投影して,価値表現に換える癖が我々にはあるらしい。典型的には,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/422323173.html

で取り上げた「横」だろう。われわれは,縦=正,横=邪,という言語感覚があるらしく,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/439853010.html

で触れたように,

よこさま,

の意の,「よこしま」に「邪」の意を当てたりしている。そう言えば,正統とは,血統のことをいう感覚と通じているのだろうか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
posted by Toshi at 04:40| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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