2016年10月04日

数の影


ルドルフ・タシュナー『数の魔力―数秘術から量子論まで』を読む。

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原書のタイトルは,直訳すると,

『数たちの巨大な影』

で,サブタイトルには,

「時代の兆しの中の数学」

とあるらしい。著者は,「まえがき」で,

「数というものが,存在の多様な側面にいかに深く浸透しているかは,ほとんど知られていない。そして,数が投じる長い影がどれほど果てしない遠方にまで延びているかを調べた人は,これまでほとんどいなかったように思える。本書はその影をたどり,そして思いがけず,世界についての驚嘆すべき奇想天外な諸見解に出くわすことになった。それらは,とことん考え抜く気構えさえあれば,ありふれたSFが提供するいかなる仮説やシナリオも軽く凌駕するものだ。とはいえこれは決して,(中略)主役は数そのものではなく,あくまでその『巨大な影』の方だ。(中略)だから本書では『数とは何か』ではなく,『数とは何を意味しているか』を語っていきたいと思う。」

と書く。本書の,劈頭は,

「ありとあらゆるものは,われわれ自身を含めた全宇宙は数である」

というピタゴラスの思想から始まり,巻末は,

「無限なるものに適切に対処するには,無限なるものがあたかも整数と同様に,数学の対象としてすでに与えられ,全体として支配できるものであるかのように錯覚に陥らないようにする必要がある。無限なるものはむしろある種の境界概念であり,基本的に人間の知的好奇心の網の目からは逃れていく。無限なるものは,デーデキントのあらゆる幻想(『πのような値の計算と,3のような整数の計算とを区別する境界線は,もはやまったく認められない』と言ったとされる)とは逆に,つかみどころのないものだ。しかしそれにもかかわらず,パスカルが言うとおりの意味で,われわれはそれについて考えるように促されているのを感じる。なぜなら無限なるもののうちには『バベルの図書館』が,宇宙が潜んでいるからだ。」

で締めくくる。因みに,「バベルの図書館」とは,ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説で,そこに登場する架空の図書館である。そこには,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8

によると,

「全て同じ大きさの本であり、1冊410ページで構成される。さらにどの本も1ページに40行、1行に80文字という構成である。また本の大半は意味のない文字の羅列である。また、ほとんどは題名が内容と一致しない。
全ての本は22文字のアルファベット(小文字)と文字の区切り(空白)、コンマ、ピリオドの25文字しか使われていない。
同じ本は2冊とない。
それゆえ司書たちはこの図書館は、この25文字で表現可能な全ての組合せを納めていると考えている。すなわち、これまでに書かれたすべての本の翻訳、これから書かれるすべての本の翻訳、それらの本の落丁・乱丁・誤訳版、および不完全な版を指摘した解説書、解説書の偽書、解説書の偽書一覧目録(これにも偽書あり)等のすべてを含む。つまり本作『バベルの図書館』自体がバベルの図書館に所蔵されている。序章でボルヘスはこの作品自体、すでに書かれていたものであるとしている。」

のだそうである。だから,我々の知的探求は,とどまらない,ということだろう。で,各章は,

1.ピタゴラス 数と象徴,
2.バッハ 数と音楽,
3.ホーフマンスタール 数と時間,
4.デカルト 数と時間,
5,ライプニッツ 数と倫理,
6.ラプラス 数と政治,
7.ボーア 数と物理,
8.パスカル 数と精神,

というちょっと魅力的なタイトルがついている。しかし,簡単には噛み切れない手ごたえ満載である。いくつか「影」を拾ってみる。

たとえば,第一章では,創世記にまつわって,

「創造の過程は,文字から単語を作る過程の中に映し出される。22のヘブライ語文字から二つの文字を選んで並べる並べ方は何通りあるだろうか。(中略)合計は以下のようになる。
 2×21+2×20+2×19+……+2×3+2×2+2×1
 これらの総計は四六二通り。すでに述べたように,冒頭の基本文は『はじめに神は天と地とを創造された』の七つの語は,折句を通じて22のアルファベッドの各文字を示唆していた。創造物語からこの最初の文章を取り除くと,全創造物語の残りの(ヘブライ語)単語数は全部で四六二語となる。こうなるとほとんど有無を言わさず,次のことを認識させられる。つまり創造物語の作者は,光の創造から人間の創造に至るまでの物語をわかりやすく語ろうとしていただけではなかった。この作者はテキスト構成の際に,数秘術の立場から世界をアルファベッドの展開として,また同時に―ヘブライ語では数字と文字は同じものなので―多くの単語を用いて,世界を数の展開としても説明しようとしていたのだ。」

と。第二章では,バッハの『平均律クラヴィーア曲集』について,

「このフーガの主題が音階に含まれるすべての音をめぐっていることで,そこでは,十二音すべてが使われている。12という数は半音階の音の総数を象徴しているだけではなく,『完全性』の象徴でもある。なぜなら12=3×4であり,3は空間の三次元を,4は東西南北の方角,あるいは土,火,水,空気の古代の四元素を表しているからだ。同時に12は黄道十二宮の数であり,一年の月数でもある。」

と。さらに,ゼノンをめぐって,第三章では,

「ゼノンの論理は,矢が(ゼノンにとってはただ見かけ上)動いている時間を無限に多くの時間に分割できるということを,また同じように,矢が(ゼノンにとってはただ見かけ上)動いている距離を無限に多くの点に分解できるということを前提にしている。というのも,この前提があってはじめて矢が『すべての瞬間』に『特定の』場所にとどまっているという言い方ができるからだ。しかし論理の中に無限なるものの存在を前提にすることは,いかようにしても正当化できない。(中略)現実にはいかなる場所においても,われわれは無限なものに出会うことはない。微視的にみれば,世界は有限なものであることが立証される。ある区間は無限に多くの点に分割できるというアイデアには,量子力学的な不確実性が立ちふさがる。巨視的にもまた無限性の実在という観念は,宇宙の地平の存在によって頓挫する。この地平の『かなた』にはいかなる信号も届かず,したがってこの『かなた』なるものはわれわれにとって意味をなさないからだ。」

と。第四章では,デカルトをめぐって,

「広がりをもつ対象と思考する主体とをそもそも区別しうるようにするために,デカルトは当然のことながら,空間は思考とは独立に存在するという仮定から出発した。デカルトの世界観を要約すれば『空間と思考は対立項である』ということになるであろう。しかし実際には,(中略)空間は思考の対立項ではなく,思考の対象なのだ。デカルトが提案したように,世界を対立項に分けねばならないとしても,それは広がりをもつ対象と思考する主体の間の対立ではなく,むしろ…『思考された対象』と…『思考する主体』の間の対立であるべきだ。そして空間とは,数によって把握可能な『思考された対象』なのだ。果たしなく巨大な宇宙(中略)の距離が『存在している』のは,ひとえにわれわれがそれを計算できるからだ。数よりほかには何一つ,宇宙のうちには見いだせるものはない。そして,宇宙の広さは,数学的思考の深さによってきめられているのだ。」

と。第五章では,チューリング,ゲーデルをめぐって,

「0と1による思考の形式論理学に不具合などありえない。そしてこのことは『無限ループ発見プログラム』など存在しえないという認識にたどりつかざるをえない。論理学者とコンピュータの専門家たちはこの認識を,彼らの用語でゲーデルの不完全性定理,あるいはチューリングの停止性問題の決定不可能性問題と呼んでいる。それによれば,すべてのコンピュータプログラムに対して,そのプログラムがいつか停止するのか,それとも無限ループの中で永遠に走り続けるのかを決定できるような,万能かつ計算機によって実行可能な手順というものは存在しえない。」

と。第六章で,全宇宙は魂なきマシンであり,不確実なものはない,とした「ラプラスの悪魔」について,それを打ち砕いた,

「決定的な一歩は,ヴェルナー・ハイゼンベルクによって立てられた不確定性原理によって踏み出された。ある特定の瞬間における位置座標と速度座標とが―少なくとも原理的には―好きなだけ正確に記述できる点状の『原子』というイメージが,これによって破壊された。簡単にいえば,ラプラスが依拠していたニュートンの公式は,まったく存在していない対象についてしか成り立たないということだ。ニュートンの数学体系は,たとえば天体力学のように,互いに結合した多くの原子の巨大な塊を観察するといった単純化された前提条件のもとでしか成立しない。それ以外のときには,はるかに複雑な量子論の数学体系を代用する必要があり,この理論はラプラスの悪魔を無力な怪物に変えてしまった。」

と。円周率をめぐって,現在一兆二四〇〇億桁以上に達していることについて,第八章で,

「計算をかりに一〇京桁にまで延ばしてみても,そこからはほとんど何もえられないだろう。なぜなら,正確な値はそれでもまだわからないからだ。いかにコンピュータが巨大な計算能力を備えていたとしても,われわれらはπの無限桁のすべてを明かすことは絶対にできない。」

このπについて,

「πの小数展開の中に出現する00という数字列を空白に置き換え,01という数字列をaに,02という数字列をbに,03という数字列をcに置き換えるというふうに進めていく。アルファベッドが尽きたら,また空白から始め,最後は99も一つのアルファベッドに置き換える。こうすれば,最新世代の最強のコンピュータによって計算されたπの少数展開を収めた図書館は,ボルヘスが…描いた,考えうるあらゆる書を収めた図書館に変貌する。」

と。影は,我々自身も含めた全宇宙に及ぶ。

参考文献;
ルドルフ・タシュナー『数の魔力―数秘術から量子論まで』(岩波書店)


ホームページ;
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今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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