赤
和語の「あか」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
で触れた。ここでは,漢字の「赤」である。
「赤」には,色の意味の他に,
赤貧,
赤子,
赤手,
赤心,
等々といった,
むなしく尽きてなにもない,
とか,
まごころ,
とか,
はだか,むきだし,ほんたい,
といった意味がある(『字源』)。「赤」の字は,
「『大+火』で,大いに燃える火の色」
を意味する。この字自体には,
「あか,火の燃えるあかい色」
の意味しかない。「漢字起源説 漢字の起源と由来を探る甲骨文字の旅」
http://kanji-roots.blogspot.jp/2012/09/blog-post_21.html
によると,
「甲骨文字の『赤』の字は、火の上にある大の字から出来ている。まるで人を焼きつけている火の上においたようである。はるか昔、生贄の人を火あぶりにして雨ごいをした習俗があった。『赤』の字は将にこの種の習俗の形を反映したものである。小篆の『赤』の字は隷書への変化の過程で、今の楷書の赤の字になった。上半分は人の形で、少しずつ変化して土の字になった。」
とある。「大」の字は,象形文字で,
「人間が手足を広げて,大の字に立った姿を描いたもので,おおきく,たっぷりとゆとりがある意」
とあるので,確かに,「人」ではある。
「赤」には,色の意の他に,
まじりけがない(「赤心」「赤誠」「赤子」)
はだかの,なにもない,むきだしの(「赤手」「赤裸々」「赤地千里(見渡す限りの荒れ地)」)
血を流す,血が噴き出すようにひどい(「赤舌(ひどい悪口)」「赤族(一族すべてを殺す)」)
という意味がある。「赤色」のメタファで,血につながるのはわかるが,前者二つの謂れがわからない。上記の「漢字起源説」には,
「『赤』はもともと一種の祭祀の名称であった。示しているのは火で人を焚きつけて雨がほしいことを感じさせる。火の炎が起こってくると、まず人の服装を焼ける。この為赤は空と裸の意味がある。『赤地千里』(干ばつや虫害で土地が莫大な広さで枯渇する)、赤貧(貧乏のひどいこと)、『赤手空拳』(自分以外頼るものが何もないこと)、『赤足』(はだし)、『赤膊上阵』(鎧兜を脱いで突き進むこと)、『赤条条』(素っ裸であること)等」
との説明があるが,「祭祀」由来はわかるが,いまひとつ説得力がない。しかし,漢字の「赤」の意味の流れで,そのまま使われている言葉もあるが,
赤の他人,
真っ赤な嘘,
赤っ恥,
等々は,和語「あかい」,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
で触れたように,
明,
つまりかつては,色名がなく,
「古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とするという。」
という意味で,
赤し
は
明かし,
と同源になる。つまり,
明るい,
という意味とともに,
心が清い,偽りがない,
という意味に通じる。『大言海』には,
「明しの語根,明白なの意なるべし」
として,
「全くなにも無きこと,何のかかわりあいもなきこと」
とあり,「赤」の字の意味と重ならなくもない。で,
赤の他人は,「赤(明瞭・真実・純粋)+の+他人」,
赤恥は,「赤(明瞭・真実)+恥」,
赤裸は,「赤(明らか・真実)+裸」,
真っ赤な噓は,「真っ赤(明白な)+噓」,
等々,この辺りは,「赤」の字を当ててはいるが「赤」よりは,「あか(明)」の意味の外延にあるように見える。しかし,似た意味でも,
「赤裸(あかはだか)」の,「赤」
は,和語の「明」なのに,
「赤裸々(せきらら)」の「赤」
は,中国語の「赤」の「むきだし」の意味である。「裸々」は「裸」の強調だから,「赤裸」でも同じ意味だが,どちらかというと,「裸」の意味よりは,それをメタファに,転化した意味の,「包み隠しがない」の意味で使うことが多い。こうなると,日本語で,「赤」と当ててしまうと,本来の由来が紛らわしくなっているのである。
参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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