2016年10月14日

無手


「無手」は,

むて,

と訓むが,『古語辞典』には,

「ムデとも」とある。意味は,『広辞苑』によると,

何も持っていないこと,からて,素手,,徒手,むなで,
方法や思慮がなくて物事をすること,みさかいのないこと,強引なこと,
何の技量・技芸もないこと,とりえのないこと(『日葡辞典』に「ムテナヒト」と載る),
無駄なこと,得るところないこと,
拳(けん)でにぎりこぶしを出して零(ゼロ)を示すこと,

と,かなり幅広い意味で使われている。『古語辞典』をみると,はじめに,

芸能・武芸・遊戯などに全く無能なこと,

とあるので,あるいは,そこに限定した意味が,拡大されたのかもしれない。だから「無手に」と言うときは,

何もできない,

意味であり,それを広げると,

いたずらに,

になり,

無理に,

となる。

「無手」の同意語にある,「むなで」は,

空手,
徒手,

と当て字して,

むなしで,

に同じとある。『古事記』の,

この山の神は,むなでに直(ただ)にとりてむ,

と言う用例を載せているところから見て,かなり古い。「むなしで」を見ると,

空し手,

と当て,

からて,
すで,
むなで,

の意味が載る。『日本語の語源』には,「むなし」に関連して,こう述べている。

「①『中になにも無い。からっぽである』という意味のミナシ(実無し)はムナシ(空し)に転音した。〈庫にムナシキ月なし〉(記・序)。②転義して『事実無根である。あとがない』さまをいう。〈ムナシキ名をも空に立つかな〉(宇津保)。また,『無益である。無駄だ。かいがない』という意味を派生した。〈ムナシクて帰らむが,ねたかるべき〉(源氏・末摘花)。④さらに『無常である。はかない』という意味が生まれた。〈世の中はムナシキものと知る時し,いよよますますかなしかりけり〉(万葉)。⑤その転義として『命がない。死んだ』ことをいう。〈この人をムナシクしなしてむこと〉(源氏・夕顔)。
 上の二音ムナ(空・虚)を接頭語として名詞に冠らせた。人の乗っていない空車をムナグルマ(空車)といい,武器を持たないことをムナデ(空手)というのは①の語義を伝えている。」

「ムナデ」が古い言い方だったのかもしれない。だから,

空手,

無手,
も,

当て字。純粋和語である。

無手勝流,

の「無手」は,この「無手」で,

「剣豪塚原卜伝が琵琶湖の矢橋(やばせ)の渡しの船中で乱暴な武士に真剣勝負を挑まれた際,相手をだまして小洲に上がらせ,自分はそのまま竿で船を突き離し,『戦わずして勝つのが無手勝流だ』と言って血気の勇を戒めた」

という故事に由来し,「卜伝流」の異称でもあり,

戦わずに相手に勝つこと。武器を用いず相手に勝つこと。また,その方法。
師伝によらず自分勝手に定めた流儀,自己流,

という意味に拡大されている。この「無手」は,

武器をもたない,使わない,

という意味になる。

無手の同義語には,

素手,
徒手,
赤手,
空拳,
空手(くうしゅ),

とあるが,素手以外は,中国由来,とみられる。「素手」は,

「素(なにもつけていない)+手」

で,

手に何も持たないこと,特に武器を持たないこと,からて,空手(くうしゅ),
所持するものがないこと,てぶら。
出かけて何の成果・土産もなく帰ること,

という意味になる。今日は,「手袋などをしないで」といういみの「素手」という意味もある。

赤手,
徒手,

は,

徒手空拳,
赤手空拳,

という言い方をする。「素手」や「無手」ではそういう言い方をしない。「空拳」は,

拳こぶしだけで武器を持たないこと,

で,同じ意味なので,「徒手」「赤手」を強調する意味がある。

赤手空拳は,

手には何の武器も持たないで立ち向かうこと。また、助けを何も借りずに、独力で物事を行うこと,

で,

徒手空拳は,

手に何も持たないこと。事業などを始めるのに資本などが全く無いこと,

となる。ほぼ同じ意味だが,漢字の「赤」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/442701318.html

で触れたように,「赤手」「赤裸々」「赤地千里(見渡す限りの荒れ地)」といったような言い方で,

はだかの,なにもない,むきだしの,

という含意があり,身一つ,というニュアンスがあるのかもしれない。「徒」の字は,

「止(あし)+彳(いく)+音符土」

で,

「陸地を一歩一歩と歩むことで,ポーズをおいて一つ一つ進む意を含む」

とある。徒歩,徒渉の「徒」であり,徒博(素手で打ちかかる)の「徒」で,「赤手」と,微妙な差がある。

参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)


ホームページ;
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posted by Toshi at 05:00| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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