2016年10月16日
はらいせ
「はらいせ」は,『広辞苑』では当てていないが
腹いせ,
腹癒せ,
と, 当てているものがある(「腹居せ」と当てるとするものもある)。
「『腹を居させる』から生じた語か」
と,『広辞苑』は注記する。『デジタル大辞泉』も,
「『腹を居させる』の意か。その際の歴史的仮名遣いは『はらゐせ』」
と,注記している。『江戸語大辞典』も,
「腹の立ったことを居せしむる意」
としている。意味は,
「怒りや怨みを他の方に向けて紛らせ,気を晴らすこと」
で,「はらいせに缶をけとばす」といった使い方をする。手元の『語源辞典』には,
「腹(腹立ち・うらみ)+いせ(癒す)」
つまり,「腹立ちを癒す」が語源としている。『大言海』も,
「腹癒(ハライヤセ)の略か」
としている。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ha/haraise.html
は,
「腹いせの語源には、『腹を居させる』の意味とする説がある。 『居させる』というのは、立てた腹を『座らせる(しずめる)』という意味だが、『さ』が脱落する理由が不明、『居せる』 という動詞の使用例がないなど、疑問点も多い。 気持ちを落ち着かせるという意味で あれば、『いせ』は『なぐさめる』『いたわりねぎらう』を意味する『慰する』で,『腹を慰する』を語源とする説がよい。」
と,「居させる」説ではなく,「慰する」説を取る。
しかし,『古語辞典』には,「はらいせ」も「はらゐせ」も載らず,
はらゐ(腹居),
が載る。そこに,こうある。
「腹立ちの対」
と。で,
腹がおさまる,
怒りが静まる,
という意味が載る。対という「腹立ち」を見ると,
「ハラは胸の中・心・気持ちの意。タチは活発に運動を始める意」
として,「立腹する」という意味になる。ついでに,「たち」を見ると,
「自然界の現象や静止している事物の,上方・前方に向かう動きがはっきりと目に見える意。転じて物が確実に位置を占めて存在する意」
とあり(『古語辞典』),その中に,
①自然界の現象が上方に向かって動きを示し,確実にくっきりと目に見える,例えば霧などが立ち上る。
②事物の現象の度合いが高まり,周囲にはっきりと目立つ,例えば,沸く,腹立ち,
と,用例の区別があるようだ。
「はらゐ(腹居)」
は,上一段活用なので,「ゐ(居)」は,
語幹(居(ゐ)) 未然形(ゐ)→連用形(ゐ)→終止形(ゐる)→連体形(ゐる)→已然形(ゐれ)→命令形(ゐよ)
で,「はらいせ」にはつながらない。しかし,
はらゐ+し(為),
と考えると,
語幹(為)未然形(せ)→連用形(し)→終止形(す)→連体形(する)→已然形(すれ)→命令形(せよ)
となり(ゐ→いが前提だが),
hraisi→haraise
の,イ(i)→エ(e)変換と考えられなくもない。たとえば,
ウツシミ(現し身)→ウツセミ(空蝉)→ウツソミ(現身),
と母音交替(i e o)をする例がある。「癒し」の変化よりはよさそうに思うが,いかがであろうか。そもそも『古語辞典』をみると,
ゐ(居),
は,
「『立ち』の対。すわる意。」
とあり,意味の中に,
「(腹がゐるという形で)激した感情が落ち着く」
とある。つまり,「はらいせ」とは「腹立ちを落ち着かせる」という意味の「腹ゐ」を「ゐせしむ」が考えられる語源なのではないか。だから,
ただ鎮まる,
のではなく,何かの『大言海』は,
(代替行為で)鎮める,
という意味になるのではないか。
因みに,「はら(腹)」は,語源は,
「ハル(張る)の変化」を語源とする説,
「ハラ(原)」が語源とする説,
があるが,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ha/hara_karada.html
では。上記二説の他に,
「朝鮮語で『腹』の意味の『peri』」」
語源説も伝えている。『大言海』は,
「廣(ヒロ)に通ず,原(ハラ),平(ヒラ)など,意同じと云ふ」
とある。廣(ヒロ),原(ハラ),平(ヒラ)と並べると,むしろ,朝鮮語「peri」との地続きを想像してしまう。当然「原」の語源も,
「ハラ(ハリ,開・墾・治・拓の音韻変化)」説,
「ヒロ(広),ヒラ(平)」語源説,
がある。『大言海』は,
「廣(ヒロ),平(ヒラ)と通ず。あるいは開くの意か」
としている。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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