2016年10月19日

イノベーターのジレンマ


クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』を読む。

イノベーションのジレンマ.jpg


同じ著者の『経営論』について,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163444.html

で触れたが,

「本書の面白さは,設問の鋭さ,問題設定の鋭角さにある,と感じた。それがクリエイティブであるかどうかは,その問いの新しさ,斬新さにある。まさにその典型といっていい。」

と書いた。本書は,まさに,その延長線上にあり,通常のマネジメント論が,

マネジメントの失敗,

と断ずるところを,

優れたマネジメントであるが故に失敗する,

という。原題は,

The Innovator’s Dilemma

である。邦題「イノベーションのジレンマ」だと,主語が消えてしまう。主体は,イノベーターなのではないか。業界をリードしている企業か懸命にイノベーションしているつもりが,持続的技術でしかなく,結果として視野の外の破壊的技術(必ずしも持続的技術より上とは限らない)によって追い落とされてしまう。そのジレンマである。

著者は,日本語版への「日本語版刊行にあたって」で,

「本書には,経営者にとって重要な教訓が盛り込まれている。なかでも注意すべき点は,『優良企業』のパラダイムの多くが,実は優良企業を失敗に追い込みかねないことだ。これは欧米の企業はもちろん,日本企業にもあてはまる重要な教訓である。
 その一つは,六〇年代,七〇年代の日本の驚異的な経済成長を支えてきた産業のほとんどが,欧米の競合相手にとって破壊的技術であったことだ。当時の状況は,本書に示したパターンにあてはまる。日本の鉄鋼業界は,欧米の鉄鋼市場のなかでも,本書で実績ある企業が最も打撃を受けやすいと述べた低品質,低価格の分野に攻め込んだ。その後,日本の鉄鋼業界は容赦なく上位市場へ移行しつづけ,日本の鉄鋼メーカーは世界最高の品質を誇るようになった。トヨタ,日産,ホンダ,マツダなどの日本の自動車メーカーは,欧米の自動車市場の最下層にある低品質,低価格の分野に,破壊的技術をもって攻め込んだ。…各社はその後も容赦なく上位市場へ移行し,世界最高の品質を誇る自動車メーカーとなった。ソニーをはじめとする日本の家電メーカーは,低価格・低品質の携帯用ラジオ・テレビによってアメリカ市場の最下層を攻撃した。その後も容赦なく上位市場へ移行しつづけ,世界最高の品質を誇る家電メーカーになった。セイコー,シチズンなどの時計メーカー,ヤマハなどのピアノ・メーカー,ホンダ,カワサキなどのオートバイ・メーカーにも同じことが言える。これらの企業はすべて,同様の戦略によって欧米の市場を下部から『破壊』した。(中略)
 …もう一つの日本特有の問題は,ここ数年日本経済が停滞している理由に関係している。その理由は,右に揚げたな日本の大企業が,本書で取り上げた各業界と同様の力に動かされていることである。優れた経営者は,市場の中でも高品質,高収益の分野へ会社を導くことができる。しかし,会社を下位市場へ導くことはできない。日本の大企業は世界中の大企業と同様,市場の最上層まで登りつめて行き場をなくしている。」

と述べる。これがイノベーターのジレンマである。技術を向上すればするほど,持続的な技術の向上にしかならず,破壊的な技術の前に,為すところがない。しかも著者は,本書が刊行された十五年前,

「米国経済がこういった問題をどのように対処してきたかを紹介している。各企業が行き詰まるなか,社員は業界をリードする大企業を辞め,ベンチャー・キャピタルから資金を調達し,市場の最下層に攻め込む新企業を設立し,徐々に上位市場へ移行し,こうして歴史は繰り返している。個々の企業が市場の最上層で行き場をなくし,やがて衰退するとしても,それに代わる企業が現れるため,米国経済は力強さを保っている。これは日本では起こりえないことである。企業の伝統市場のしくみができていないからだ。本書の理論から考えて,現在のシステムが続くなら,日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかもしれない。」

と予言し,著者の理論を実証したことになっている。いまや,過剰品質(市場の求める品質を超えている)のガラパゴス化が,全体をおおい,窮余の一策,軍事シフトし始めている。衰退は確実である。必要なのは,新たな市場を開く破壊的技術だからだ。

本書には,破壊的技術をもって切り込んだ日本企業の例も,注に,いくつか紹介されているが,たとえばソニーの例では,AT&Tからトンジスター技術の使用権をえると,

「米国市場で,最初の携帯用トランジスター・ラジオを発売した。主流市場のラジオの主な性能指標からみれば,この初期のトランジスター・ラジオは,最悪の代物だった。当時の主流だった真空管卓上ラジオに比べて,忠実度がはるかに低く,雑音がひどかった。しかし,盛田(昭夫)は,大手の電機メーカーのほとんどがトランジスター技術にとった行動とは異なり,トランジスター・ラジオが主要市場で性能競争力を持つまで研究室に閉じこもらず,当時存在した技術の特性を評価する市場,携帯用パーソナル・ラジオ市場を見いだした。卓上ラジオの主力メーカーが一社も携帯用ラジオの主力メーカーにならず,その後一社残らずラジオ市場から撤退したことは,驚くにあたらない。」

本書の言う持続的技術と破壊的技術とは,

「漸進的変化と抜本的変化の区別」

とはまったく異なる。

「新技術のほとんどは,製品の性能を高めるものである。これを『持続的技術』と呼ぶ。持続的技術のなかには,断続的なものや急進的なものもあれば,少しずつ進む者もある。あらゆる持続的技術に共通するのは,主要市場のメインの顧客が今まで評価してきた性能指標にしたがって,既存製品の性能を向上させる点である。個々の業界における技術的進歩は,持続的な性質のものがほとんどである。…もっとも急進的で難しい持続的技術でさえ,大手企業の失敗につながることはめったにない。」

しかし,破壊的技術は,

「少なくとも短期的には,製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーションである。…大手企業を失敗に導いたのは破壊的持術にほかならない。」

「破壊的技術は,従来とはまったく異なる価値基準を市場にもたらす。一般的に,破壊的技術の性能は既存製品の性能を下回るのは,主流市場での話である。しかし,破壊的技術には,そのほかに,主流から外れた少数の,たいていは新しい顧客に評価される特徴がある。破壊的技術を利用した製品のほうが,通常は低価格,シンプル,小型で,使い勝手がよい場合が多い。」

いままで多くの衰退した企業は,マネジメントの失敗で片づけられてきた。しかし,本書は,

「優れた経営こそが,業界リーダーの座を失った最大の理由である」

ことを,競争激しいハードディスク業界を中心に,さらに,掘削機業界他の例も交えながら,具体的に検証してみせる。

「技術革新のペースがときに市場の需要のペースを上回るため…,企業が競争相手よりすぐれた製品を供給し,価格と利益率を高めようと努力すると,市場を追い抜いてしまうことがある。顧客が必要とする以上の,ひいては顧客が対価を支払おうと思う以上のものを提供してしまうのだ。さらに重要な点として,破壊的技術の性能は,現在は市場の需要を下回るかもしれないが,明日は十分な競争力を持つ可能性がある。」

しかも,

「安定した企業が,破壊的技術に積極的に投資するのは合理的でないと判断することには,三つの根拠がある。第一に,破壊的技術のほうがシンプルで低価格,利益率も低いのが通常であること,第二に,破壊的技術が最初に商品化されるのは,一般に,新しい市場や小規模な市場であること。第三に,大手企業にとっても収益性の高い顧客は,通常,破壊的技術を利用した製品を求めず,また当初は使えないこと。概して,破壊的技術は,最初は市場で最も収益性の低い顧客に受け入れられる。そのため,最高の顧客の意見に耳を傾け,収益性と成長率を高める新製品を見いだすことを慣行としている企業は,破壊的技術に投資するころには,すでに手遅れである場合がほとんどだ。」

と。つまり,

「優良な企業が成功するのは,顧客の声に鋭敏に耳を傾け,顧客の次世代の要望に応えるように積極的に技術,製品,生産設備に投資するためだ。しかし,逆説的だが,その後優良企業が失敗するのも同じ理由からだ。」

では,経営者にどんな選択肢があるのか。

新しい仕事に適したプロセスと価値基準を持った別の組織を買収する,
現在の組織のプロセスと価値基準を変えようと試みる,
独立した別組織を新設し,そのなかで新しい問題を解決するために必要な新しいプロセスと価値基準を育てる,

の三つである。異なる目的を一つのプロセスで行おうとすることには,無理があり,一番成功しやすいのは,

スピンアウト組織によって能力を生み出す,

方法のようだ。 しかし,

「CEOがみずから注意して監督しないかぎり,主流の価値基準を破壊するような変化に対応できた企業は一社もない。これはまさに,プロセスと価値基準の力,特に通常の資源配分プロセスの論理が強力であるためだ。新しい組織が必要な資源を確保し,新しい課題に取り組むために必要なプロセスと価値基準を自由に作れるよう指示できるのは,CEOだけである。スピンアウトを,破壊的技術の脅威を問題リストから取り除くための手段としてしか見ていないCEOは,まちがいなく失敗する。これまで,この問題に例外はない。」

と。まさに,マネジメントの問題である。

参考文献;
クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(翔泳社)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
posted by Toshi at 05:17| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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