2016年11月12日
新吾
呂新吾『呻吟語』を読む
呂新吾は,名を坤,字を叔簡,新吾は号である。
「吾を新たにする」
である。どうやら硬骨の人であったらしい。
「吏治,良なきは,いまだ大吏より治まらざるものにあらず」
と,上に立つものの姿勢にあるとして,
「およそ事,皆自ら責め自ら任じ,饋遺贖羨,尽くこれを途絶す」
というほど,おのれの身を律した。だから中央に出ても,同じ姿勢を貫き,
「大臣,交わりを内侍(宦官)に結ぶば,律に明筋り。いわんや素いまだ面を識らざるをや」
と,実力者(宦官)の贈り物すら突っ返した。しかも,朝廷の乱れに,数千言から成る上書を奉り,ために,身を引くこととなる。
「先生,憂危の疏数千言を草してこれを上(たてまつ)る。これを悪(にく)む者,中(あ)つるに奇禍を以てす」(『呂新吾伝』)
で,自らも,墓誌銘に,こう記す。
「性,直にして委婉なし。厳毅にして温燠少なし。官に居りては法を持して情涼(ひややか)に,家に居りては義勝ちて恩薄し。事に当たりては過激にして涵養の功疏(うと)し」
と。だからこそ,誰ぞのアフォリズムのように,偉そうではなく,内々の葛藤が忍ばれる文言が少なくない。
だから,自序に,
「呻吟は,病声なり,呻吟語は,病む時の疼痛の語なり。病中の疼痛は,ただ病者のみ知る。他者と与(とも)に道(い)い難し。またただ病む時のみ覚ゆ。すでに愈(い)ゆれば,施(たちま)ちまた忘る。」
と,「呻吟語」の謂れを書き,
「余矍然(かくぜん)として曰く,『病者は狂なり,またその狂なる者を以て人の聞聴を惑わすは,可ならんや。』因ってその狂にしていまだ甚だしからざる者を択びてこれを存す。」
と認める。今やわが国にも本家中国にも消えた,
修身斉家治国平天下,
つまり,
「天下を平らかに治めるには,まず自分のおこないを正しくし,次に家庭をととのえ,次に国を治めて次に天下を平らかにするような順序に従うべきである。」(『大学』)。
の思想の血肉である。その葛藤であり,その自問自答である。
たとえば,
「天下国家の存亡,身の生死は,ただ敬怠の両字に係る。敬すれば則ち慎む。慎めば則ち百務修まり挙ぐ。怠れば則ち苟(かりそ)めにす。苟(かりそ)めにせば則ち万事隳(やぶ)れ頽(くず)る。天子より庶人に至るまで,かくの如くならざるはなし。」
と。しかし,他人事としてそう言っているのではない。
「その行わざるを得ざる所に行い,その止まらざるを得ざる所に止る。言に於けるや,その語らざるを得ざる所に語り,その黙せざるを得ざる所に黙す。尤悔(ゆうかい),寡(すくな)きに庶幾(ちか)し。」
とある背後に,山のように悔いがあったに違いないのである。
「事に当たらざれば,自家の才を済(な)さざるを知らず。遇に随い識を長じ以て精を窮む。坐談先生はただ好みて理を説くのみ。」
「公論は衆口一詞の謂いに非ざるなり。満朝皆非にして一人是なれば,則ち公論は一人にあり。」
「愈いよ上れば則ち愈いよ聾瞽(ろうこ)なり。」
「人を恕するに六つあり。いまだ真ならざる処あらん。或いは彼の力量,及ばざらん処あらん。或いは彼の心事,苦しむ所の処あらん。或いは彼の精神,忽(ゆるがせ)にする所の処あらん。或いは彼の微意,在る所の処あらん。この六つを先にし,而してこれに命ずれども従わず,これに教うれども改めずして,然る後に罪すべきなるのみ。」
等々。葛藤が見える気がする。それにしても,
「貧しきは羞(は)ずるに足らず,羞ずべきはこれ貧しくて志なきなり。賤(いや)しきは悪(にく)むに足らず。悪むべきはこれ賤しくて能なきなり。老ゆるは嘆くに足らず,嘆くべきはこれ老いて虚しく生きるなり。死するば悲しむに足らず,悲しむべきはこれ死して聞ゆるなきなり。」
はかなりきつい。
参考文献;
呂新吾『呻吟語』(徳間書店)
金谷治訳注『大学・中庸』(岩波文庫)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
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