2016年11月23日

身の程


身の丈に合う,

というのと,

身の程を弁える,

と言うのとでは,似たことをいっているようで,まったく違う。

「身の丈」は,

身の長,

とも当てるが,「身丈(みたけ)」ともいい,

背丈,

の意味である。その意味では,

おのれの原寸の大きさ,

であり,それをメタファに,

自分のありのまま,

といった意味に使う。「身の程」は,

からだ相応,

という意味もある(『古語辞典』)が,

わが身の程度,

という意味で,

自分の身分・地位,素性・素質・能力などの程度,あるいは経済力・運命をひっくるめていう,

とある。

分相応,
分際,

と重なる。

身の程を弁える,

は,

分を弁える,

と重なる。「分」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/424082581.html

で触れたが,

各人にわけ与えられたもの。性質・身分・責任など,

の意味で,分限・分際,応分・過分・士分・自分・性分・職分・随分・天分・本分・身分・名分等々という使われ方をする。「分」の字は,

「八印(左右にわける)+刀」

で,二つに切り分ける意を示す。ここでの意味で言えば,

ポストにおうじた責任と能力

の意だが,「区別」「けじめ」の意味も含む。「身の程」「分際」という言葉と重なるのかもしれない。それはある意味,

「持前」とも重なる。それで,神田橋條治氏の言う,

自己実現とは遺伝子の開花である,

という言葉が意味を持つ。

鵜は鵜になり,鷹にはなれない,

と。「程」のもつ含意が,「身の程」の意味の影を決めているようだ。「程」については,「ほどほど」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/418929992.html

で触れた。「ほど(程)」の語源は,

「ホ(含む)+ド(処)」

で,ある含みをもったところ,範囲,程度,

とある。『大言海』には,

物事の分限を言う接尾語。ばかり,だけ,

頃に,折に,

しか載っていないが,『広辞苑』や『古語辞典』にはものすごい量の意味がある。因みに,『古語辞典』には,

「奈良時代にはホトと清音。動作が行われているうちに時が経過,推移していくことの,はっきり知られるその時間を言う。道を歩くうちに経過する時間の意から,道のり,距離,さらには奥行,広さなどの空間的な意味にも使われた。平安女流文学では,時間の推移に伴って変化する物事の様子・具合・程度をいい,広く一般的に物事の程度を指すように使われた。中世になると時間の経過を言う意は減少し,時間の全体よりも,時の流れの到達点,時の限度の意に片寄り,時の中の一点を指すとともに,数量や程度の極度に目立つさま,あるいは限度などの意を表した。他方,平安時代には,経過する時間の意から発展して,時間の進展の結果を言うようになり,…ので,…からという原因・理由を示す助詞の用法が生じた。漢文訓読本では,動作や行為の持続する時間を示す『頃』『中』『際』はアヒダと訓んでいる」

と長い注記がある。「程」の字の影響かもしれない。漢字の「程」の,

「『呈』の下部の字(テイ)は,人間が直立したすねの所を‐印で示した指事文字。『呈』は,それに口を加えて,まっすぐにすねを差し出すこと。一定の長さを持つ短い直線の意を含む。『禾(いね,作物)』を加えた『程』は,禾本科の植物の穂の長さ。一定の長さ→基準→はかる,等々の意となった」

とある。

「程の意味は,多様で,『広辞苑』は,おおまかに,

時間的な度合を示す(おおよその時間の経過,季節)
空間的な度合を示す(ほど遠い,の程を,広さ)
物事の程度や数量などの度合いを示す(程のよい人,見分,当たり,)
例示する意を示す(~されるほどの)

といった使い分けに整理している。身分は,

程度,度合い,

の用例に入るが,明らかに,単なる状態表現ではなく,価値表現に転じている。『大言海』のいう,

だけ,
ばかり,

という限度を限っているのである。因みに,「身(み)」は,

「古形ムの転」

らしいが,『大言海』は,

「實(ミ)に通ず。朝鮮語モム(身)」

と注記している。語源は,

「ミ(身・肉)」

で,「実」は,身と同根,とあるので,この身も木の実も,「み」であり,両者を日本語では区別していなかった,ということになる。それは,「身」と「実」という漢字を手に入れて初めて区別がついた,ということだ。それまでは,同一視した視界がひろがっていたということになる。

因みに,「身」の字は,象形文字で,

「女性が原に赤子をはらんださまを描いたもの。充実する,一杯詰まるの意を含み,重く筋骨のつまったからだのこと。」

で,「実(實)」の字は,会意文字で,

「『宀(やね)+周(いっぱい)+貝(たから)』で,家の中に財宝を一杯満たす意を示す。中身がいっぱいで,欠け目がないこと,また真(中身が詰まる)とは,その語尾がnに転じたことば。」

とある。日本語で,

じつ,真心,親切心(「実のある人」),
み,内容(「実のある話」),

という意味は,わが国だけのようである。

参考文献;
神田橋條治『技を育む』(中山書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
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今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:20| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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