2016年11月25日
卒爾
卒爾は,昔時代劇を観て,侍が,人にものを尋ねようとした折,
卒爾ながら,
というように言っていたのを思い出す。
卒爾は,
率爾,
とも当てる。意味は,
にわかなさま,
軽率なさま,
と,『広辞苑』にはある。用例として,『平家物語』から,
「御幸もあまりに卒爾に存知候」
が載る。これだと,突然という意味に,軽々,というか,軽率という含意があるのがわかる。『デジタル大辞泉』は,もうひとつ,
失礼な振る舞いをすること。無礼,
の意味を載せる。考えれば,
唐突さ,
は,軽率に通じ,相手にとって,失礼になる。『大言海』は,
言語,動作の軽率なること,
と載せる。恐らく,それが,周囲には,
唐突,
に見え,
無礼にも,
見える。だから,
卒爾ながら(乍卒爾),
で,
突然で失礼ですが,
という意味となる。『デジタル大辞泉』が,
人に声を掛けたりするときに用いる,
としているのが正確だ。で,
卒爾なり,
と,批判する言い回しにもなる。
卒爾にも率爾にも当てるので,「卒」と「率」を調べてみると,
「卒」の字は,会意文字で,
「『衣+十』で,はっぴのような上着を着て,十人毎一隊になって引率される雑兵や菰野をらわす。小さいものをいう意を含む。『にわか』の意は,猝(そつ)に当てたもの。また,小さくまとめて引き締める意から,最後に締めくくる意となり,『おわり』の意を派生した。」
とある。「率」の字は,やはり会意文字で,
「『幺または玄(細いひも)+はみでた部分を表す八印+十(まとめる)』で,はみ出ないように中心線に引き締めてまとめること。(「全体のバランスから割り出した部分部分の割合」という意味)の場合は,律(きちんと整えたわりあい)と同系」
とある。ここからは,「卒」と「率」との併用の謂れが見えない。漢和辞典をみると,「率爾」の例は,
子路率爾として対へて曰く,
という『論語』の用例を引く。で,
率然,
と同じ意だとある。「率然」は,
卒然,
とも当てる。どうやら,「卒」の字には,
にわかに,
突然に,
という意味があり,「率」の字には,
軽々しい,
慌てる,
という意味があるようである。しかし,意味は,「率爾」も,「率然」も,「卒然」も,
あわただしき貌,
にわかなる貌,
と,「表情」を指していて,振る舞いの「あわただしさ」ではないようだ。
「爾」の字は,象形文字で,
「柄にひも飾りのついた大きいはなこを描いたもの。璽(はんこ)の原字であり,下地にひたとくっつけて印を押すことから,二(ふたつくっつく)と同系のことば。またそばにくっついて存在する人や物を指す指示詞に用い,それ・なんじの意を表す」
とある。「卒(率)爾」は,形容詞につく助詞の用例で,
徒爾(いたずらに),
卓爾(すっくりと高く),
莞爾(にっこりと),
と似た使い方かと思われる。
思えば,
卒爾ながら,
は古臭いにしても,人にものを尋ねるのに,
突然ですが,
とか,
失礼ながら,
という断りの言い回しをほとんどしなくなった。すべて,
すいません,
で済まし,
ご免ください,
まで,
すいません,
で済ましている。すいません,については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/398895440.html
で触れたが,なんでもかんでも,
すいません,
で済ますのと,なんでも,
かわいい,
で済ますのとは通底している。どこかに,文脈に依存した,甘えが見える。言語の劣化である。言語の劣化は,知的頽廃ではないのか。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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