「一目散」は,
「(多く「一目散に」の形で副詞的に用いる)わき目もふらずに走るさま。一散 (いっさん) 。」(『デジタル大辞泉』)
という意味だが,この語源がはっきりしない。『大言海』は,
「脇目もふらず,一途に目指して参る意と思はる。イッサンは,中略ならむ(いかさまもの,いかもの。湯女(ゆをんな),ゆな)。散の字を記すは,義をなさず。」
としている。手元の『語源辞典』は,
「『一目(脇見をしないで)+サン(参る)』です。ひたすら急ぐ,意です。古く一目参と書きました。散は,逸散・一散と混同したか,あるいは,イチニッサンと語呂合わせかと思われます。」
とし,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/i/ichimokusan.html
は,
「『一目瞭然』など、ただひと目見ることを表す『一目』と、漢語「逸散(いっさん)」が合わさった語であろう。 日本では『逸散』を『一散』とも書き、『一目散』と同じ意味で用いられる。わき見をしない意味の『一目不散』からとも考えられるが、『一目不散』の使用例が 少ないため、そこから新たな語が生じるとは考えにくい。
近世、天候を司るとされた『一目連』という神の名からという説もあるが、『連』から『散』への変化などあいまいな点が多い。」
も,同様で,「散の字を記すは,義をなさず」という『大言海』の言い分は,この限りで正しい。しかし,である。「ど」について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/444577656.html?1480795927
で触れた折,「ど」の謂れについて,『日本語の語源』は,
「イト(甚)はト・ド(甚)に省略されて強調の接頭語になった。ドマンナカ(甚真ん中)・ドテッペン(甚天辺)・ドコンジョウ(甚根性)・ドショウボネ(甚性骨)・ドギモ(甚肝)。ドエライ(甚偉い)・ドデカイ(甚大きい)・ドギツイ(甚強い)・ドツク(甚突く)など。
とくに嘲罵の気持ちを強調するときによく用いられたので,卑しめののしる接頭語になった。名詞に冠せられてドアホ(甚阿呆)・ドギツネ(甚狐)・ドコジキ(甚乞食)・ドシャベリ(甚喋り)・ドタヌキ(甚狸)・ドタフク(甚お多福)・ドタマ(甚頭)・ドチクショウ(甚畜生)・ドテンバ(甚お転婆)・ドヌスット(甚盗人)・ドブキヨウ(甚不器用)…。
形容詞に冠せられてドアツカマシイ(甚厚かましい)・ドイヤシイ(甚卑しい)・ドシブトイ(甚しぶとい)・ドシツコイ(甚執こい)・ドハラグロイ(甚腹黒い)・ドスコイ(甚狡い)・ドギタナイ(甚汚い)。
強調のあまり長母韻を添加することもある。ドーアホウ(甚阿呆)…。
イトモ(甚も)の転トモはドンに転音して強調・嘲罵の接頭語になった。ドンゾコ(甚も底)・ドンボーズ(甚も坊主)…ドンガラ(甚も軀)・ドンケツ(甚も尻)・ドンジリ(甚も尻)…ドンヅマリ(甚も詰まり)。
とあり,さらに,「イト(甚)」は,
「イチ(甚)に転音した。イトモカクルサマ(甚も駆くる様)はイチモクサン(一目散)・イッサン(一散)に転音した。」
としていた。とすると,『大言海』説も,『語源辞典』説も,『語源由来辞典』説も,牽強付会にすぎないということになる。
イトモカクルサマ(甚も駆くる様)
なら,一目散,は当て字に過ぎず,その漢字を云々すること自体に意味をなさない。
ところで,
一目散,
の
一目
は,
ひとめ,
とも
いちもく
とも,読む。『大言海』は,「いちもく」を三項に分けて載せる。
いちもく(一目)(二つあるべきものなれば,一目(かため)なり)片目,
いちもく(一目)(目に見わたす)一目(ひとめ)に見ること。一覧。一見。
いちもく(一目)(目(もく)は碁盤の上の目)碁盤の石。一子。
と。で,「ひとめ」については,
一度見ること,ちらりとみること,
目全体,目いっぱい,
統計の表,
とある。「眼」の字は使わず,「目」を使う。単に訓み方が違うだけかもしれないが,『類語例解辞典』によると,
一目(ひとめ)
一見(いっけん)
一目(いちもく)
一瞥(いちべつ)
という類語の使い分けを,
【1】「一目(ひとめ)」は、最も一般的に、話し言葉の中で使われる。「一見」は、やや改まった言い方。「一目(いちもく)」は、硬い言い方で、慣用的な使い方以外では会話に使われることはあまりない。「一瞥」は、ちらっと目をやることの硬い言い方で、相手を軽蔑(けいべつ)、無視する場合にいうことが多い。
【2】「一見」は、「一見かしこそうに見える」「一見学者風の男」のように、副詞的に、ちょっと見たところではの意味でも使われる。
【3】「一目(ひとめ)」「一目(いちもく)」は、「町全体を一目(ひとめ)で見渡せる丘」「一目(いちもく)のうちに町を見渡す」のように、全体を一度で見渡すこともいう。
【4】「一目(いちもく)」は、「一目(いちもく)置く」の形で、自分より優れているものに対して一歩譲る意味でも使う。
と整理してくれている。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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