2016年12月18日

六方


六方は,

六法,

とも当てるが,例えば,『広辞苑』だと,

四方,東西南北と天地,

という意味が最初に来る。しかし,『大言海』は,

「萬治,寛文の頃,江戸にありし男伊達の黨の穪。鶺鴒組,吉屋組,鐡砲組,唐犬組,笊籬(ざる)組,大小の神祇組,などありて,これを六法男伊達と云ひ,町々を徘徊せり。これ等のものを六法者とも云へり。」

を最初に載せる。『古語辞典』も,男伊達と同じとする。『江戸語大辞典』も,

六方男伊達の略,

とし,『俚言集攬』の,

「六法は,無法者といふ事也。奴と云に同じ。」

とある。男伊達については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163232.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422606177.html

で触れたが,三田村鳶魚は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/435434935.html

で書いたように,「六方」というのは,奴風(やっこふう)のことを指し,

「武家の奉公人で,身分の軽いものですが,これをすることを軽快であるとし,おもしろいとして,それを学んだものが旗本奴」

とある。この意味が最初に来なくては,歌舞伎の「六方」につながらない。『大言海』は,上記の意味に続けて,

「歌舞伎にて,演者の,舞臺より花道にかかり,揚幕に入る時に,手を振り,高く足踏みして躍り行く一種の所作。六法男伊達の風采より起こる。」

と意味が載る。さらに,『佐渡島日記』を引き,六方の謂れをこう記す。

「六方といふ風俗は,むかし信州歴々の武門より出でたる人,技藝を好みて,つゐに浪人し,上京しける,其頃,名古や山左衛門といへる武士の浪人もの,出雲國巫女,於國と夫婦に成,今日北野にて,芝居興行仕けるに寄,彼山左衛門とひとつに成,江戸さんちゃ通ひの風俗をして見せけるにより,起こりけるとなん,江戸にては丹前と云ひ,大阪にては出端と云ひ云々」

これを信ずれば,まず阿国歌舞伎からはじまり,真似た六法者を借りたということになる。もともと男伊達の,「おとこ」は,

士,

を当てるので,侍の伊達風儀を,奴が真似た,ということだ。さらに,後世,旗本が真似たというマンガチックな循環でもある。

しかし,『日本大百科全書(ニッポニカ)』には,

「歌舞伎(かぶき)演出用語。六法とも書く。手足と体を十分に振り、誇張的な動作で歩く演技。勇武と寛闊(かんかつ)な気分を表すもので、荒事(あらごと)演出では重要な技法の一つになっている。語源については諸説あるが、発生的には古来の芸能の歩く芸の伝統を引くもので、祭祀(さいし)に『六方の儀』と称する鎮(しず)めの儀式があったことから、両手を天地と東西南北(前後左右)の六方に動かすことの意にとるのが妥当のようだ。ほかに、江戸初期の侠客(きょうかく)グループ六方組から出たというのは俗説だが、当時の『かぶき者』たちが丹前風呂(たんぜんぶろ)へ通うときの動作を模したものは、丹前六方とよばれ、現在でも『鞘当(さやあて)』などにみられる。荒事系の技法では、手足の極端な動きによって強さを強調しながら花道を引っ込む「飛(とび)六方」が代表的なもので、『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』の和藤内(わとうない)、『車引(くるまびき)』の梅王丸、『勧進(かんじん)帳』の弁慶などが有名。その変形として片手六方、狐(きつね)六方、泳ぎ六方などがある。人形浄瑠璃(じょうるり)や民俗芸能にも「六方」と称する足の動きの技法が伝えられている。」

元来は,

祭祀(さいし)に「六方の儀」と称する鎮(しず)めの儀式があった,

のに由来しているとし,

両手を天地と東西南北(前後左右)の六方に動かすことの意にとる,

とする。その意味で,

天地と東西南北,

は意味があるように見える。が,『百科事典マイペディア』は,

「歌舞伎演技の一技法。六法とも書く。手足と体を十分に振り,誇張した動作で歩くこと。古来の民俗芸能の歩き芸や足芸を洗練させたものといわれるが,語源は未詳。《勧進帳》の弁慶など荒事の役が花道の引込みで勇武のさまを見せる飛(とび)六方をはじめ,種類は多い。」

と,必ずしもその説を取らない。所作に民俗芸能が入っていることは,阿国歌舞伎が,

巫女,

の出自と言われるように,宗教性が元々あったのだから,六方にそれが入っていることは不思議ではない。むしろ,『大言海』の言う説が正しければ,歌舞伎発祥時から,「六方」が由来しているので,

「江戸さんちゃ通ひの風俗をして見せける」

を発祥とするほうが,「六方」出自としては理に適っているように思う。ちなみに,

さんちゃ,

とは,

「吉原で。格子より下位,梅茶より上位の女郎。大夫・格子と異なり,揚屋入りをせず,その家の二階で客をとる。揚代一分。」

と『江戸語大辞典』に載る。歌舞伎の「六方」は,

「近世初期の侠客,六方者や伊達者などの風俗を取入れたものといわれる。両手を振りながら歩くもので,初め出端 (では) の演技であったが,享保期 (1716~36) から引込みの演技となった。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)

とある。その六方の種類については,

http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1302

に詳しい。

参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%96%B9

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
posted by Toshi at 05:39| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください