2017年01月06日

戦国策


近藤光男編『戦国策』を読む。

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「まえがき」によると,

「前漢末に,学者劉向(りゅうきょう 前七七-前六)が命ぜられて天子の書庫の整理をしたとき,『国策』『国事』『探長』『事語』『長書』『脩書』などという錯乱した竹簡があった。みな戦国のとき(春秋以後の二百四十五年間)の遊説の士が国々の政治への参与を企てて,その国の為に建てた策謀であったので,劉向は国別にしているものに基づいて,それぞれほぼ年代順に整え,重複を刪(けず)り,三三篇として『戦国策』と名づけた。」

と,本書『戦国策』の由来を説明している。本書は,

「三三篇四八六章から,百章を選んで,それを新たに物語りの内容によって類別し」

直したものだ。約五分の一の分量ということになる。それでも,この時代の権謀術策の雰囲気はつかめるが,編者は,こう書いている。

「多く蘇秦・張儀らに託して記述されている権謀術数は,必ずしも歴史的事実を述べているとは限らなくて,むしろ奇知縦横の言論や説得の技法の習練を意とするもののようで,小説的でさえある。」

あるいは,

「『戦国策』に登場する説士(ぜいし)が本当にこれほど活躍したのかどうかは疑わしい。同じような場面での登場人物が異なるからである。」

と。つまりは,縦横家,遊説の士にとっての教科書と見なせばよい。こんな口説の徒に翻弄されるようなアホな君主ばかりではやっておられない。しかし,本書から出ている成語・熟語はかなり多い。ざっと拾ってみる。

「士は己を知る者の為に死し,女(じょ)は己を悦ぶ者のために容(かたちづ)くる」

豫譲は知伯のために,名を変え衆人に成りすまし,趙襄子を刺さんとして失敗て捕らわれるが,一度は豫譲を義士と見なして,趙襄子は解き放つ。再度豫譲は趙襄子を狙うが,また露見し,「臣は,『明主は人の節義を覆い隠すことなく,忠臣は師を惜しまずして名分を成し遂げる』」といい,趙襄子の上着を借りて,これを撃ち,『而(すなわ)ち以て知伯に報ゆべし』といい,自ら剣に伏して死んだ。

「伯楽一顧」

蘇代が自分を売り込むためのたとえ話。駿馬を売ろうとしていたものが,伯楽に頼んで,「馬の周りをぐるっと一回りしながらよく観察し,立ち去り際にふり返ってもらうと,馬の値は一朝にして十倍になった」という喩えをあげて,燕の淳于髠(じゅんうこん)に自分の伯楽になるよう頼む。

「狡兎三窟」

孟嘗君の食客馮諼(ふうけん)が,孟嘗君に説いた説の喩え。「狡兎は三窟有りて,僅かに其の死を免るるのみ。今君は一窟有るのみ。未だ枕を高うして臥するを得ざるなり。請う君のために復た二窟を鑿たん」と建策する。

「遠交近攻」

范雎(はんしょ)が秦王に説いた策。「遠く交わりて近く攻めんには如かず。寸を得れば則ち王の寸なり。尺を得れば亦王の尺なり。今此れを捨てて遠く攻む,亦た繆(あやま)らずや。」

「禍を転じて福と為す」

斉の宣王は燕の喪に乗じて十城を奪った。蘇秦は斉王をいさめた。「聖人の事を制するや,禍を転じて福と為し,敗に因りて功を為す。」城を返せば,燕の先王の義父の秦にとっても,燕の現王からも徳とされる,と。「燕の十城を帰し,辞を低くして以て秦に謝するに如くは莫し。秦王の己の故を以て燕に城を帰すを知らば,秦必ず王を徳とせん。燕故無くして十城を得ば,燕も亦た王を徳とせん。是れ強仇を棄てて厚交を立つるなり。且つ夫れ燕・秦俱に斉に事(つか)えば,則ち大王の号令天下皆従わん。」

「将に之を敗(やぶ)らんと欲せば,必ず姑(しばら)く之を輔(たす)けよ」
この語は「『戦国策』の根本理念のひとつ」であるらしい。『老子』にも似たこ とばで,「将にこれを奪わんと欲せば,必ず固(しばら)く之を与えよ」というのがあるらしい。ここでは,周書に曰くとして,「将に之を敗らんと欲せば,必ず姑く之を輔けよ。将に之を取らんと欲せば,必ず姑く之を与えよ。」という。

「人を使うて能(あた)わざれば,則ち之を不肖と謂う」

人には適材適所。「猿・獮猴(びこう)も,木を錯(お)きて水に拠らば,則ち魚鼈(ぎょべつ)に若かず。険を歴(へ)危うきに乗らば,則ち騏驥(きき)も狐狸に如かじ。」にもかかわらず,「今,人を使うて能(あた)わざれば,則ち之を不肖と謂い,人に教えて能わざれば,則ち之を拙と謂い,拙なれば之を罷(や)め,不肖なれば則ち之を棄て,人をして棄逐(きちく)せらるるあり」と。

「隗より始めよ」

人材を集めたいのであれば,と郭隗が,燕の昭王に説いた。「王誠に士を致さんと欲せば,先ず隗従り始めよ。隗すら且つ事(つか)え見(ら)る。況や於(よ)り賢(まさ)れる者をや。豈(あに)千里を遠しとせんや。」

「蛇足を為す者は終に其の酒を亡う」

蛇足の出処である。これもたとえ話で,楚の将昭陽を戒めたもの。大杯の酒を競うて蛇の絵を早く書き上げたものが飲むことにした。真っ先に描き上げたものは,足を書き足そうとして,その隙に次のものに敗れた。その例えば,連戦連勝している将への戒めである。「今君楚に相として魏を攻め,軍を破り将を殺し,八城を得て兵を弱めず,斉を攻めんと欲す。斉公を畏るること甚だし。公是を以て名と為さば足れり。官の上(かみ)に,重(くわ)う可きに非ざるなり。戦って勝たざる無くして,止まるを知らざる者は,身且(まさ)に死せんとし,爵且に後に帰せんとす。猶蛇足を為すがごときなり」と。

「猶薪(たきぎ)を抱きて火を救うが如し」

これも「喩えば猶薪を抱きて火を救うが如きなり。薪尽きずんば,則ち火止まじ。」と喩えを用いて,魏王を諌止した。

「魚者得て之を幷(あわ)せ禽(とら)う」

いわゆる「漁夫の利」「鷸蚌(いっぼう)の争い」の出処。蘇代が,趙の恵王を戒めた。今燕を攻めれば,秦が漁夫の利を得る,と。

思うに,話のうまさは,例え話と喩え話の挙げ方のうまさ,ということを感じる。ミルトン・エリクソンがよくアネクドート(逸話)やメタファー,たとえ話を使って,勝手にクライエントに考えさせる中で答えを見つけさせていたが,遊説家がしていたこともそれと似ているようだ。

参考文献;
近藤光男編『戦国策』 (講談社学術文庫)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
posted by Toshi at 05:16| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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