2017年01月23日

はがゆい


「はがゆい」は,

歯痒い,

と当てる。意味は,

思うままにならないで,こころがいらだつ,

で,

もどかしい,
じれったい,

が,その意味の代替に並ぶ(『広辞苑』)。逆に,「もどかしい」を引くと,

ぶつくつさと非難したい気持ちがする,
思うようにならないで,気がもめる,

とあり,後者に並んで,

はがゆい,
じれったい,

が挙がる。さらに,「じ(焦)れったい」を引くと,

思うようにならない腹立たしい,いらだたしい,

とあり,

もどかしい,

は載らない。この載らないのに意味があるのか,と思うと,他の辞書(『デジタル大辞泉』)には,

もどかしい,

が載る。この三者に意味のずれはないのだろうか。ただ,手元の『古語辞典』には,「もどかし」は載るが,「はがゆい」「じれったい」は載らない。

語源から見ると,「はがゆい」は,

「歯+かゆい(痒)」

で,『大言海』は「はがゆし」で,

「歯の浮く思いか」

とある。で,意味に,

隔靴掻痒,

を載せる。まさに,歯が痒い時の,

思うままにならない苛立ち,

ということになる。「じれったい」は,

焦れったい,

と当てるところから,

焦れる,

との関連を連想するが,手元の『語源辞典』は,

ジレルの形容詞化,

を取る。で,「じれる」は,

ジリジリ(擬態語)+する,

とする。『大言海』は,

じれ痛しの義,

とする。しかし異説があり,

知りつつ道理のないことを言う意の古語シレ者のシレから(柳田國男),

という説がある。因みに,「じりじり」には,「はがゆい」「もどかしい」の意味の他に,

ベルの音やぜんまいの巻かれるときの音,
脂分が少しずつ燃えて焼ける時に出る音,
太陽が鋭く食い込んでくるように照りつける様子,
ものごとを,少しずつゆっくりではあるが力強く進めていく様子,

等々の擬態語としての意味が多い。ここからだと,

じれったい,

に繋がりにくいが,『大言海』の「じりじり」に,

躙(にじ)る意か,

として,

足踏み固めつつ,漸くに推し進む状に云ふ語,

とある。たとえば,「にじりよる(躙り寄る)」では,

座ったままじりじりとひざで進み寄る,

という意味になる。「躙り口」の「にじり」である。これだと,「じれったい」の語感とつながる。この「にじる」自体が,

ニジ(擬態語,じりじり膝を付けて動く)+る,

なので,どうやら,そもそも擬態語の,

じりじり,

に発祥がある。「もどかしい」は,手元の『語源辞典』は,

説1,「『もどく(擬く・似せる)の未然形+しい(形容詞化)』です。似て非なるものは,うまくいかない。自らの気持ちにちぐはぐだ。ゆえにはがゆくじれったい気持ちになった語です。

説2,「『もどく(逆らって非難する)+しい』で,岩淵(悦太郎説。『語源散策』『語源の楽しみ』)です。」

と二説載せる。『古語辞典』は,

モドキの形容詞形,

とある。「もどき」は,

「モドはモドシ(戻)・モヂリ(捩)と同根。ねらった所,収まるべき所に物事がきちんとおさまらず,はずれ,くいちがうさま」

とある。上記説1である。『大言海』は,

もどかはしのの略,

とし,「捂」の字を当てる。そして,

抵捂(もど)くべくあり。批難せまほし,
欲戻の意より移りて,我が心のままにならぬ。思ふやうにならず,はかどらずして,心,いらいらし,

の意を載せる(『もどかはし』は,『もどかし』に同じとある)。「もどく」は,「抵捂」を当て,

戻るの他動詞,戻り説くの意,

とあり,

もとからぬ,逆らふ,然は非ずと批判す,

とし,「抵捂(ていご)」の項には,中国由来らしく,

互いに相容れざること,かれとこれと,くひちがふこと,

とある。とすると,『由来・語源辞典』が,

http://yain.jp/i/%E3%82%82%E3%81%A9%E3%81%8B%E3%81%97%E3%81%84

「『もどかしい』とは、動詞『もど(擬)く』が形容詞化したもの。
『もどく』は、『他と張り合って真似をする』、または『他と対立して相手を非難する』の意を示す。『もどかしい』は後者の意味の『もどく』を形容詞化したもので、『非難したい気持ちだ』というのが本来の意味。そこから、いらついた感情一般をさすようになり、『いらだたしい』『じれったい』という意味になった。」

とある説明が,要領を得ている。だから,

『「じれったい、もどかしい、はがゆい」の意味分析』

https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/bugai/kokugen/nichigen/issue/pdf/11/11-17.pdf

が,『講談社類語辞典』をひいて,

「『じれったい』は一般に他人の行為について、『もどかしい』は一般に自分の行為についていう場合に用いられると述べられている。」

というのは,語源的には,相手を意識しているのは,「もどかしい」だということになる。

確かに,「はがゆい」「じれったい」「もどかしい」は,

思うままにならないで,こころがいらだつ,

意には違いないが,おなじ「いらだち」でも,「もどかしい」は,

相手との乖離が縮まらぬ,

という意であり,「じれったい」は,

にじり寄る動作の,さくさくいかない,

苛立ちであり,「はがゆい」は,まさに,

隔靴掻痒,

つまり,

痒いところに手の届かない,

という意味だ。たぶん,文脈に応じて,使い分けていたに違いない。しかし,意味だけ丸めれば,痒いところに手の届かないのも,「いらだち」でいえば,「もどかしい」には違いないが,そうは使わなかったのだろう。

ちなみに,『デジタル大辞泉』

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/112850/meaning/m0u/

では,

「『じれったい』は、その気持ちの生じる状況に対し、自分では手の出しようがなく、いらだたしい思いがつのる場合に多く使われる。『私が行ければいいのだが、ほんとうにじれったい』
『はがゆい』は、他の人のすることを見て、何をしているのだといらだたしく思う場合に多く使われる。『一度の失敗であきらめるとは、はがゆい人だ』
『もどかしい』は古くからの語で、『じれったい』『はがゆい』と同じように使うが、文章語的である。『上着を着るのももどかしく部屋を飛び出した』のように、心がせいて何をする時間も惜しいの意は他の二語にはない。」

と,「はがゆい」「じれったい」「もどかしい」を比較しているが,時間の意が強いのは,

じりじり,

に端を発する「じれったい」ではないか。

なお「じれったい、もどかしい、はがゆいの意味分析」は,

https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/bugai/kokugen/nichigen/issue/pdf/11/11-17.pdf

に詳しいが,そこでは,

「『もどかしい』は、思い通りにならないことであっても、どうにかしたいと精神的に苦しむさまを表す。それに対し、
『はがゆい』は、…どんなに頑張っても助けたいという思いは叶わないと認識することによって生じる感情である。そのため、思い通りにならないことであっても、どうにかしたいという気持ちを含む文には用いることができない。
『じれったい」は…、あることが実現することを望んでいるが、なかなか実現しないことに気持ちが落ち着かないさまを表す。一方の『はがゆい』は…自分の思いを叶えたいという強い気持ちに反して、思いが叶わないと認識したことによって生じる感情である。そのため、『じれったい』と『はがゆい』は意味が類似していると考えにくい。」

と,現代での用例を分析して結論づけている。もちろん,語源から見ると,異論はあるが。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)


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