2017年01月24日

なごり


「なごり」は,

名残,
あるいは,
余波,

と当てる。『広辞苑』は,

「ナミ(波)ノノコリ(残)の約という」

として,まず,「余波」と当てる場合,

風が静まって後も,なおしばらく並みの立っていること,またその波,
波が退いて後汀(みぎわ)に残る波,また残された海藻など,

とあり,そのほかに,

物事の過ぎ去った後,なおその気配や影響などの残ること,余韻,
特に,人の別れを惜しむ気持ち,
もれ残ること,もれ残り,
別れること,また別れとなること,ものごとの終り,
子孫,
名残の折(連歌,俳諧の懐紙の最後の一折)の略,

とあり,この載せ方だと,「余波」の意味をメタファに,「残るもの」あるいは「最後」といった意味に外延を広げていったと読める。『大言海』は,「なごり」について,

余波,

名残,

を別項に立て,「余波」は,

「波残(なみのこ)りの略と云ふ」

として,

海上に,吹き止みて,尚並みの鎮まらぬこと,又,風の吹くときに,凪て後も,尚,暫したちさわぎてあるもの,転じて,なごろ(余波の転),
転じて,汀に波の引き去りて後に,尚,ここかしこに波水の残れるもの,
また,転じて,汐干したる後,磯の石間,洲崎のくぼみなどに,波に遅れて残り居るこち,きす,かれひ,などやうの,沙に伏す魚,

と載る。この意味の転じ方を見ると,「余波」の意味が,沖から,汀,潮干と移っていく様子がよくわかる。さらに,『大言海』は,「名残」について,

物事の過ぎ去れる後に,其の気の残ること,面影の残れること,余韻,
洩れ残ること,遺漏,
転じて,別れむ後に,心の残るべきこと,
別離に臨みてすること,最後に物すること,訣別,
俳諧の付合いの終りの部,歌仙にては終りの十八句,

とあり,『広辞苑』よりも意味の広がりがよくわかる。どう見ても,「名残」は「余波」の転としか見えない。しかし,語源は,そうとも限らない。手元の『日本語源広辞典』は,二説あるとしている。

「説1は,『波残り』が有力です。浜・磯に,打ち寄せた波が引いた後に残った水のことをいう言葉が,一般的に物事の残り,を表すようになったと見るべきです。余波と漢字で現す習慣は,この語源説に従う表記です。説2は,『nokoriとnagoriと同じ言葉で,音韻変化で二つの意味になったという説』です。」

と。『古語辞典』も,

「ナミ(波)ノコリ(残)の約という。並みのひいたのと,なおも残るもの。さらに,あることの過ぎ去ったのちまでも,尾を引く物事や感情の意」

としている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/na/nagori.html

も,同様で,

「なごりを『名残』と書くのは当て字で,名前が残るというのが語源ではない。なごりは漢字で『余波』を当て,波が打ち寄せた後に残る海水や海藻も意味するように,『なみのこり(波残り)』が短縮し変化してできた言葉である。そこから,余韻や影響など何かの事柄の後に残るものを『なごり』と言うようになった。
『なごり』が波によって残ったものではなく,ある事柄が過ぎた後に残る余韻や影響を表すようになったのは,『万葉集』にもその例が見られることから,奈良時代以前と考えられる。
 人との別れを惜しむ意味で『なごり』が用いられた例は,平安時代以降に見られ,『名残惜しい』という形容詞も,この頃から見られるようになる。」

しかし,僕は,これらの解釈は,「余波」という漢字表記を知って以降のことではないのか,という気がしてならない。文脈依存の和語は,「残り」としか言わなかったのではないか。それが,何の残りかは,その場で会話している人にわかればいい。その意味で,「波残り」は,解釈しすぎ,ひいきの引き倒しではないのか,という気がしてならない。つまり,「余波」という漢字を当てて以降,いろんな意味が深まったにすぎない。その意味で,『日本語の語源』が,oとaの母音交替の例のひとつとして,

「ノコリ(残り)はナゴリ(名残り)に転音した。『潮干の残り水』を省略して『潮干の名残』,『朝残りの月』を省略して『余波の月』,『残りの心』を省略して『名残』という。」

と挙げるのをとりたい。上記『日本語源広辞典』のいう,

「『nokoriとnagoriと同じ言葉で,音韻変化で二つの意味になったという説」

の,説2である。こうした音韻変化の例は,ほかにも,

シロクモ(白雲)→シラクモ,
ハクモ(穿く裳)→ハカマ,
ウミノハラ(海の原)→ウナハラ,
ミノソコ(水の底)→ミナソコ,
メノフタ(目の蓋)→マブタ,
ミノツキ(水の月)→ミナヅキ,
イソノトリ(磯魚獲り)→イサナトリ,
メノカヒ(目の交)→マナカヒ

等々。われわれは,後から当てた漢字で意味を汲み取る習慣がついているが,それは曲者だ。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.html

等々で触れたように,

辞書(『広辞苑』)でひくと,

「古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とするという。本来は,灰色がかった白色を言うらしい。」

と,それは,色ではなく,「くろ(暗)」と「アカ(明)」と,明暗しか区別していなかった。その場にいる人間には,それでじゅうぶんであった。色に,明暗しかもたなかっのと同様に,「残り」が,

沖の余波か,
磯の残り水か,
潮干の魚か,

の区別はついたのである。それに,

余波,
名残,

と当てたことで,我々は,言葉の世界の奥行と広がりを知ったにすぎない。僭越ながら,「余波」を当てていることを語源の根拠とするなどは,物の考えが逆立ちしているのではあるまいか。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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posted by Toshi at 05:24| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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