2017年01月25日

うしろめたい


「うしろめたい」は,

後ろめたい,

と当てるが,『広辞苑』には,

「『後目痛し』の意という」

とあり,

後のことが気にかかる,こころもとない,
やましいところがあるので気がひける,

という意味が載る。『古語辞典』も,

「ウシロメ(後目)イタシ(痛)の約。人を後ろから見守りながら,将来は安全かと胸痛む気持ち。自分の認識や力の及ばないところで,事態がどうなっていくかわからないという不安感を表す。成り行きに気が許せない,気がかりだの意から,転じて,自分の行為について他人の見る目が気にかかる意『うしろやすし』の対」

としている。語源は,,

ウシロベイタシ(後方痛)の略転(『類聚名物考』『大言海』『碩鼠漫筆』)
ウシロベイタシ(後目痛)の意(『名言通』)
ウシロモドカシ(後鈍)の約転(『言元梯』),

等々あり,『日本語源大辞典』は,

「『うしろへ(後方)痛し』の変化した語。後方から見て気がかりな気持ちや状態をいうのが原義。後の方が気がかりだの意とする説や『うしろ』を将来の意とし,対象の行動や状態が未来において不安をはらんでいるとする説もある。」

とする。『大言海』は,「うしろめたし」を引くと,

「うしろべたしに同じ。其の條をみよ。」

とあり,「うしろべたし」には,

「後方痛(うしろべいた)しの約,背後の気づかはしく,心がかりなる意。転じて,ウシロメタシ(すべらぎ,すめらぎ),其ウシロメタに,甚(な)しを添へてウシロメタナシ(むつくけし,むくつけなし)」

とあり,対は,

うしろやすし,

で,『枕草子』から,

「乳母(めのと)かへてむ,イトウシロベタシと仰せらるれば」(第四段),
「いと危うく,ウシロベタクはあらぬにや」(十二,百四十八段),

と,用例を引く。さらに,

「転じて,うしろめたし,ウシロメタなしとも云ふ」

とある。その転義の用例として,

「女郎花,ウシロメタクも見ゆるかな荒れたる宿にひとり立てれば」(古今集)
「火ともしつけよ,いと暗し,さらにウシロメタクば,なほ憂し」(蜻蛉日記)
「相思ふべき兄弟もなし,然れば,ウシロメタナク思ふこと,限りなし」(今昔物語)

『日本語源広辞典』も,

「ウシロベ(後方)イタシ(痛)」

を取る。『語源由来辞典』は,

http://gogen-allguide.com/u/ushirometai.html

「本来『不安だ』『気がかりだ』という意味で用いられた言葉で,そこから『油断がならない』『気が許せない』という意味に転じ,さらに,他人から『油断ならない相手』と思われるのではないかというところから,自身のやましさをいうようになった語である。 後ろめたいの語源は諸説あり,『うしろめいたし(後ろ目痛し)』もしくは『うしろべいたし(後ろ辺痛し)』で,後ろから見て心が痛むとする説。『うしろめいたし(後ろ目痛し)』もしくは『後辺痛し』を語源とし,後のことを考える(将来を見る)と心が痛むという意味から,『不安』を表すようになったとする説。『うしろめいたし(後ろ目甚し)』を語源とし,『甚し』は『はなはだしい』の意味で,後ろを見たくてしかたがないことから,『不安』を表すようになったという説がある。このうち定説になっているのは,『後ろ目痛し』の説であるが,古く『ウシロベタシ』という形が見られるため,『後ろ辺痛し』とも考えられる。ただし,『冷たい』を『つべたい』や『ちべたい』という地方もあることから,『ウシロベタシ』の『ベ』が『ベ(辺)』ではなく『メ(目)』を表しているとも考えられる。これらのことから,後ろめたいの語源は,『後ろ目痛し』か『後ろ辺痛し』のどちらか一方であろうということ以外,大本となる意味についても断定は難しい。」

と整理しているが,しかし,『日本語の語源』は,こう書く。

「ウシロヤスシ(後ろ安し)は,『後ろの方がなんとか安心だ。心配がない』という意味のことばであるが,その対語として『後ろの方が気にかかる。不安だ。心配だ』という意味でウシロミタシ(後ろ見たし)といった。『ミ』が母音交替(ie)をとげてウシロメタシになった。〈をみなへしウシロメタクモみゆるかな,荒れたる宿にひとり立てれば〉(古今集)。『心配だ。気がかりだ』の意であるが,中世からは『うしろぐらい。やましい』に転義した。」

と,「後ろ見たし」をとる。結局,

ウシロベイタシ(後方痛),
ウシロメイタシ(後目痛),
ウシロミタシ(後方見たし),

の三説ということになる。

「うしろ」は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/422266986.html

で触れたように,

「う(内部)+しろ(区域)」

で,内部から転じて,後部となった語,とされる(『日本語源広辞典』)。あととか背後の意味も持つ。しかし,『古語辞典』をみると,「うしろ」は,

「み(身)」の古形「む」と「しり」(後・尻)の古形「しろ」の結合した「ムシロ」の訛ったもの

とある。で,かつては,

まへ⇔しりへ

のちには,

まへ⇔うしろ

と対で使われる,とある。『大言海』には,

身後(むしり)の通音

とあり,むまの,うま(馬),むめの,うめ(梅)と同種の音韻変化,とある。

とすると,「痛し」は変である。「甚し」も,やはり変である。

後のことが気にかかる,こころもとない,不安である,

という意味なら,背後を見たい,というのが自然ではないか。素人が言うのも僭越だが,

後ろ見たし,

を取りたい気がする。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1134423721

は,「後ろ目痛し」説だが,

「『後ろめたい』は、『後ろ目痛し』が変化したものとされています。
『後ろ目が痛い』→『後ろからの視線が痛い』→『他人からの視線が痛い』
つまり、自分が他人から非難の目で見られているのではないか、冷たい目で見られているのではないかなどと感じているという事でしょう。
ですから、『後ろめたい』とは、自分は他人から非難されたり、冷たい目で見られたり、或いは制裁を受けなければならないような事をしたにもかかわらず、その報いを受けていない、という自覚があり、そのため周囲に対して堂々としていられない様子を表しているのではないでしょうか。」

と,

内から外への視線が,後ろからの視線に変じ,他人からの視線へ,

とする。つまり,内から外への心理状態の状態表現であったものが,後ろから内への視線という状態表現の180度ひっくり返り,それが,他人からの視線という状態表現ではなく,心の疚しさ,を突かれているような価値表現へと転じた,ということになる。この視点転換は,

ウシロミタシ(後方見たし),

の内から外への視点転換,さらには,状態表現から価値表現への転換と通じるところがある。

現在の「後ろめたい」の同義語,「やましい」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/438313402.html

で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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