2017年01月26日

おもはゆい


「おもはゆい」は,

面映ゆい,

と当てる(「面眩い」と当てる例もある)。

顔を合わせることがまばゆいように思われる。恥ずかしい。照れくさい。極まりが悪い,

といった意味になる。『大言海』は,

「目映(まばゆ)し,同趣。カハユシと云ふ語も,顔映(かほはゆ)しの約なり」

とあり,『語源辞典』も,

「面+映ゆの形容詞化」

とし,「顔が映ゆは,マブシイ意」とする。

「まばゆい」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/442731085.html

で触れたが,『日本語の語源』によると,

「『照り輝いてまばゆい』ことをハユシ(映ゆし)といったが,メハユシ(眼映ゆし)はマハユシ・マバユシ(眩し)になり,バユ(b[aj]u)(はゆ(h[aj]u))が縮約されてマフシ・マブシ(眩し)になった。」

とある。「映(は)え」は,

「生えと同根」

と,『古語辞典』にあり,

「他から光や力を受けて,そのものが本来持つ美しさ・立派さがはっきり表れる」

という意味が載る。語源は,

「ハ(晴れ)+ユ(見ゆ)の約」

で,晴れ晴れしく見える意,とされる。

『大辞林』には,

〔相手と顔を合わせるとまぶしく感ずる意。中世・近世には「おもばゆし」とも〕

とあるのから考えると,はじめは,視点が内から外で,

面が映ゆく感じさせられる,

が,視点が転じて,外から見て,

面が映えて見えること,

と転じたが,そこまでは,あくまで状態表現であったが,それに価値表現が付加し,面が映えて見えるのは,何か原因があって,

恥ずかしい,照れくさい,極まりが悪い,

という価値が加味された,ということになる。

類義語は,

はずかしい,
てれくさい,
尻こそばゆい,
居心地が悪い,

といったところだが,

http://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/4118/meaning/m0u/

では,

恥ずかしい(はずかしい),
照れくさい(てれくさい),
面映ゆい(おもはゆい) ,

を比較し,

【1】「恥ずかしい」は、良いことでも悪いことでも、他人の前に出ることができないような感情についていう,
【2】「照れくさい」は、照れてしまってなんとなく恥ずかしいさまをいう,
【3】「面映ゆい」は、あることをしたり、されたりする場合に、面と向かってそうするのがなんとなく恥ずかしいさまをいう,

と区別している。「恥」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/424025452.html

で,「恥ずかし」「照れくさい」については触れたが,「恥」は,語源は,

「端+づの連用形」

で,

「中央から外れている,端末にいる劣等感,が恥です」

とある。確かに状態表現ではあるが,既に,その状態自体に価値が現れている。「照れる」は,

「恥ずかしくて顔が赤くほてる意」

とあり(『広辞苑』),語源も,

「照るの語幹に受身のレルのついた語」

とあり,

照らし出されるように,気まり悪がる,

意とある。これは,価値表現には違いないが,内からの自己評価である。「てれくさい」の「くさい」は,

「腐るを形容詞にした語」で,

転じて,変だ,あやしい,の意となり,接尾語的に,

~のように感じられる,

という意味になる。あくまで主観的な価値判断である。

だから,三者は似ているが,「恥ずかしい」は,

状態として既に恥を感じる位置にある,

という意味で,「照れくさい」は,

主観として,気まり悪がっている,

という意味であるが,「面映ゆい」は,

内面の評価,

の意味ではあるが,

外からの視線によってそう感じている,

という含意があり,外と内との価値表現のギャップそのものを言い表しているように見える。

参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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