ほれる


「ほれる」は,

惚れる,
恍れる,
耄れる,

と当てる。意味は,

ぼんやりする,放心する,
年とってぼんやりする,ぼける,
心をうばわれるまでに異性を慕う,
人物などに感心して心を引かれる,
(他の動詞に接続して)夢中になる,うっとりする(「聞き惚れる」「見惚れる」),

等々だが,想像するに,

放心する,

という状態表現をメタファに,耄碌,恋情,夢中,といった心理状態に展開したという意味の広がり方なのではないか。要は,

恋して放心する,
も,
熱中して放心する,
も,
ボケて放心する,

もすべて,

ほれる(ほく,ほる),

と言っていたということだ。『広辞苑』には,

ほ(惚・呆・耄)く,

ほ(惚・恍・耄)る,

と類似の項がある。

「ほ(惚・恍・耄)る」は,

ほれる,

なのだが,「ほ(惚・呆・耄)く」は,

(ボクとも)知覚がにぶくなる,ぼんやりする,ほうける,
ほける,

とあり,「ほけ(惚・呆・耄)る」を見ると,

(ボケルとも)知覚がにぶくなる,ぼんやりする,ぼける,
夢中になる,我を忘れる,ふける,

とある。「ぼ(惚・呆・暈)ける」を見ると,

(ホケルの転)頭の働きや感覚などがにぶくなる,ぼんやりする,もうろくする,
(「暈ける」と書く)色が薄れてはっきりしなくなる,色がさめる,また,物の輪郭がぼやける,

とある。『大言海』は,「ほれ(惚・耄)る」は,

惚(ほ)る,耄るの口語,

とし,「ほ(惚・呆・耄)る」には,

感覚を失う,心を労したるあまり放心す,惚く,
心を失ふまでに思ひを掛く,恋に落つ,
老いてぼける,ほく,耄,

とある。「ぼけ(惚・耄)」は,

「ほ(惚)く」の條をみよ,

とあり(因みに「ほうけ(惚・耄)は「ほけ(惚)の延」),「ほ(惚・耄)く」には,

(化(は)くに通ず)知覚変じて,鈍くなる,延べて,ほうく。又,惚る。訛して,ぼける,又ほうける,

とあり,『古語辞典』には,「ほ(惚・怳)れ」で,「ほる」と同義が載るが,そのほかに,「ほ(耄・呆)け」で,

緊張がゆるんでぼんやりする,ぼける,耄碌する,

「ほ(呆)げ」で,

夢中になる,我を忘れる,

とそれぞれ意味が載る。「ぼ(呆)け」の項も載るが,

ほけ(耄・呆)の転,

として,日葡辞典の「ココロノぼけタヒトヂャ」

を載せる。いずれにしても,中核になる。

ほ(惚・耄)く

ほ(惚・呆・耄)る,

は,いずれも,どの漢字を当てるかは,文脈に合わせてのことで,本義は,

知覚変じて,鈍くなる,

に尽きる。それが,

呆ける,

放心,

ボケる,

に転用されたまでのことだ。それにしても,

惚れる,

ボケる,

も心理状態は同じと見るのは,なかなかしたたかではあるまいか。

語源は,『大言海』の,

化(は)くに通ず,

も面白いが,手元の『語源辞典』は,

ハフレル(放たれる意)の音韻変化,
ホ(含・内部・うつろ)+レル,

を挙げるが,『日本語源大辞典』は,「惚れる」について,

「『相手に夢中になる』『うっとりする』意に限定されるのは室町後期以降と思われる。『痴呆』『耄碌』の意が濁音形の『ほれる』『ぼける』に受け継がれたことが影響している」

としているので,「ほる」「ほく」の意味の中で,濁音の有無によって,「惚れる」と「呆ける」を使い分けるようになった,ということになる。

『日本語の語源』には,こうした語韻の変化について,こうある。

「ホク(惚く・下二段),およびその口語形のホケル(惚ける・下二段)は,後世,ボク・ボケルになった。『知覚が鈍くなる。ぼんやりする。ほうける』という意の動詞である。(『ホケたり,ひがひがし(正常デナイ)』とのたまひ恥ぢしむるは(源氏物語)。『ココロノボケタヒトヂャ』(日葡辞典))。
 連用形の名詞化がボケ(惚)である。〈ボケナサル〉はサルの縮約でボケナス(惚茄子)になり,ナを落としてボケス・ボケソに転音した。
 イトボケル(甚惚ける)は語頭を落としてトボケル(恍ける)・トボケ(恍・日葡辞典)になった。
 母音交替(oa・ea)をとげて,ボケ(恍)はバカ(馬鹿)になった。梵語のmoha(痴の意)説は取らない。(中略)
 ホク(惚く)・ホケル(惚ける)は,延音を添えてホウク(惚く)・ホウケル(惚ける)になった。(中略)
ホーケ(惚け)はヒョーゲ・ヒョーゲになり,(中略)ヒヨーケは『剽軽』(漢語ではない)と写音されたため。ヒョーケイ・ヒョーキンになっ…た。」

「とぼける」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/430665380.html

でふれたが,「とぼける」は,

恍ける,
惚ける,

と当てる。やはり,

ほ(惚・耄)く

ほ(惚・呆・耄)る,

から変じたものである。

参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

この記事へのコメント