2017年02月10日
剽軽
「剽軽」は,
ひょうきん,
と訓ます。
気軽明朗であって滑稽なこと,おどけ,
と意味が載る(『広辞苑』)。他の辞書(『デジタル大辞泉』『大辞林』)には,
「きん(軽)」は唐音,
と載る。「ひょうけい」との訓みだと,
すばやくて身軽なこと,
浅はかで軽はずみなこと,
と意味が少し違う。『漢和辞典』をみると,「剽軽(ひょうけい)」は,
かろがろし,
との意味が載る。漢書には,
「夫荊楚剽軽,好作亂,自古記之矣」
と載る,という。我が国だけで,
ひょうきん,
と読ませ,
剽軽者,
という,
おどけた感じ,
の意味で使う。『語源辞典』は,
「中国語の『剽(すばやい)+軽(軽薄)』が語源です。」
とする。しかし,「軽(軽薄)」は,いかがであろうか。「軽(輕)」の字は,
「巠の字(音ケイ)は,工作台の上に縦糸を張ったさまで,まっすぐの意を含む。輕はそれを音符とし,車を加えた字で,まっすぐすいすいと走る戦車,転じて身軽なこと」
で,「軽薄」というより,
かるい,
という意味のはずだ。これは,我が国だけで,「ひょうきん」と訓ませ,
「うわついて軽い」
という意味に合わせているせいではないか(無意識かもしれないが)。しかし,多く,たとえば,
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/hi/hyoukin.html
「剽軽(ひょうきん)は身軽ですばやいさまをいう漢語『剽軽(ひょうけい)』から 。 日本に『剽軽』の語が入ってから、軽率などの意味で用いられるようになり、現在の 意味に転じていたった。 ひょうきんの『きん』は、『軽』の唐宋音。」
とするし,
http://www.yuraimemo.com/4382/
も,
「ひょうきんは中国から来た言葉。その元々の意味は実は『素早い』だったのです。それが日本に入ってきてから、特別な意味に変わって今のような『ひょうきん』となったと考えるのが妥当なよう。」
とする。しかし,「ほれる」の項,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/446808988.html?1486585495
で触れたように,『日本語の語源』は,「ひょうげ」に関わる音韻変化について,まず,
ホク・ホケルについて,
「ホク(惚く・下二段),およびその口語形のホケル(惚ける・下二段)は,後世,ボク・ボケルになった。『知覚が鈍くなる。ぼんやりする。ほうける』という意の動詞である。〈『ホケたり,ひがひがし(正常デナイ)』とのたまひ恥ぢしむるは(源氏物語)。『ココロノボケタヒトヂャ』(日葡辞典)〉。
連用形の名詞化がボケ(惚)である。〈ボケナサル〉はサルの縮約でボケナス(惚茄子)になり,ナを落としてボケス・ボケソに転音した。
イトボケル(甚惚ける)は語頭を落としてトボケル(恍ける)・トボケ(恍・日葡辞典)になった。
母音交替(oa・ea)をとげて,ボケ(恍)はバカ(馬鹿)になった。梵語のmoha(痴の意)説は取らない。〈お前コソ(係助詞)馬鹿タレ(断定タリの已然形)〉は強調の係り結び法であるが,省略されてバカタレになった。あるいは,省略形のコソバカがクソバカになり,コソタレがクソタレ(屎垂)になって,人をののしることばになった。」
つづいて,ホウク・ホウケルについて,
「ホク(惚く)・ホケル(惚ける)は,延音を添えてホウク(惚く)・ホウケル(惚ける)になった。〈唐人にのろはれて後には,いみじうホウケて,ものも覚えぬやうにてありければ〉(宇治拾遺)
連用形名詞のホウケ(惚)は,『馬鹿』『気違い』(落窪)の意となり,さらにホッコ(馬鹿者)に転音した。〈人をホーケ(ン)にする〉とか,〈ホッコにする〉は『馬鹿にする。軽蔑する。あなどる。見下げる。』という意である。…クソボッコ・ホッコタレも強調の係り結び法の温存である。」
さらに,ヒョーゲ・ヒョーゲルについて,
「ホーケ(惚け)はヒョーゲ・ヒョーゲになり,(中略)ヒヨーケは『剽軽』(漢語ではない)と写音されたため。ヒョーケイ・ヒョーキン(浮世風呂)になって『気がるでこっけいなこと。おどけたさま,性格』をいう。
ヒョーキンナルモノ(剽軽なる者)は,ナの字の子音交替(nd),モの母音交替(oa)の結果,ヒョーキンダマ(剽軽玉・一代男)になって,おどけ者のことをいう。
ホウケル(惚ける)もヒョーケル・ヒョーゲルに転音して,『ふざける。おどける。こっけいなことを言ったりしたりする』ことをいう」
として,音韻変化の大きな流れの中に,「ヒョーキン」を位置づけ,説得力がある。確かに,『大言海』は,「へうきん」について,
瓢輕,
剽軽,
僄氣,
を当て,
「瓢の軽くして,水に浮かぶ貌,浮瓢(うかりひょん)の意」
とし,『物語稱呼』から,
「物事軽率に騒がしき事を,東国にてヒョウキンと云,西国にては,をどけたることを,ヒョウキンと云」
と引く。この載せようは,「ひょうきん」と訓ませるのが,中国由来ではないと,言っているように見える。確かに,漢字の訓みについて,呉音,漢音に対して,唐音があり,
http://tobifudo.jp/newmon/okyo/goon.html
に,
「鎌倉時代になると、臨済宗や曹洞宗の僧侶によって、再度、中国語の読み方が日本へ伝えられました。」
とあり,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E9%9F%B3
に,
「唐音(とうおん・とういん)は、日本漢字音(音読み)において鎌倉時代以降に中国から入ってきた字音。宋以降の字音である。唐音の唐は、漢音・呉音と同様に、王朝名を表す(唐朝)のではなく、中国を表す語(唐土)である。
室町時代には宋音(そうおん)と呼ばれた。唐音と宋音をあわせて唐宋音(とうそうおん)とも呼ばれる。唐音は呉音・漢音のようにすべての字にわたる体系的なものではなく、断片的で特定の語と同時に入ってきた音である。遣唐使の中止で途絶えた日中間の交流が、平安末、鎌倉初から再開し、室町、江戸を通じてさかんになって、禅宗の留学僧や民間貿易の商人たちによってもたらされた。」
とあるように,餡(アン),行脚(アンギャ),杏子(アンズ),行灯(アンドン),椅子(イス),胡散(ウサン),和尚(オショウ)等々がある。しかし,どう考えても,漢書に載る「剽軽(ひょうけい)」を,わざわざ「ひょうきん」と呼ばせるのは妙である。しかしも中国では,「ひょうけい」としか訓まないのに,である。むしろ,「ひょうきん」に
剽軽,
と当てた時に,こじつけたのではないか。因みに,「剽」の字は,
「票は,火の粉が軽く舞い上がることを示す会意文字。軽くはやい意を含む。剽は『刀+音符』と削り取る意。転じて,さっと襲いかかること。」
「軽」の字に,軽々しい,意はあっても,滑稽の意はない。「ひょーげ」の音韻変化の方が現実味がある。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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