2017年02月11日

にくむ


「にくい」は,

憎い,
悪い,

と当てる。意味は,

いやな相手として何か悪いことがあればよいと思うほど嫌っている,気に入らない,にくらしい,
腹立たしい,しゃくにさわる,けしからぬ,
みにくい,
無愛想であ,そっけない,
(癪にさわるる程)あっぱれだ,感心だ,

と意味が広い。さらに,

難い,

と当てて,

(動詞の連用形について,「むずかしい」「たやすくない」の意を表す)

という意味にもなる。どうやら,自分の相手への感情という状態表現であったものが,いつの間にかシフトして,相手の価値表現へと,意味が転換して言っている,ようである。その価値表現は,

みにくい,見苦しい,みっともない,

である一方,

(癪にさわるる程)あっぱれだ,感心だ,

と,両価性がある。

『大言海』は,

「ニクは苦飽(にがあく)の略。カハユシの反」

とある。『反対語大辞典』には,

う(愛)し,
かわゆし,

を挙げている。ちなみに,

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410229494

には,

「『悪む』は『好む』の対で、平たく言えば『きらう』、現代日本語なら『きらいだ』という意味です。主に漢文訓読で使われますが、現代語訳するときに『にくむ』としないことが肝要です。儒教の古典『大学』に
『悪臭を悪むが如く、好色を好むが如し。』
とあります。
『いやな臭いを嫌い、きれいな色を好むようなものだ。』
といった意味合いです。
現代語訳で“悪臭をにくむ”とするのは、適切ではありませんね。
『憎む』は『愛する』の対で、『悪む』より激しい感情です。現代語の『にくむ』はこちらでOKです。」

とある。「にくむ」をそう使い分けたのは,「憎い」「悪い」と書き分けて以降のことではないか。ついでに,「憎」の字は,

「曾(そう=曽)は,こしきの形で,層を成して何段も上にふかし器を載せたさま。憎は『心+音符曾』で,いやな感じが層をなしてつのり,簡単に除けぬほどいやなこと」

とあり,「悪は,押さえられて発散せず,胸に詰まる感じのこと」

と付記がある。「惡(悪)」の字は,

「亞(ア=亜)は,角型に掘り下げた土代を描いた象形。家の下積みとなるくぼみ。惡は『心+音符亞』で,下に押し下げられてくぼんだ気持ち。下積みでむかむかする感じや欲求不満。」

とある。「悪は,押さえられて発散せず,胸に詰まる感じのこと」とは,これを意味する。漢字の使い分けは,

「惡」は,好の反,激しくいやがるなり,
「憎」は,愛の反。小面にくきなり,

とあり,上記,

「『悪む』は『好む』の対で、平たく言えば『きらう』、現代日本語なら『きらいだ』という意味です。」

は,ちょっと間違って解釈しているようだ。「憎悪」というくらいで,

嫌い,憎む,

は程度でしかない。しかも,元々は自分に起因する感情なのに,相手に転化され,相手を厭わしいものとしているだけだ。

「にくい」の語源は,手元の『語源辞典』には,

「『ニク(悪感情)+イ』です。他人の行動や幸福を厭わしく思う形容詞です。ニクム,ニクラシイ,ニクシムは同源です。」

とある。「にく」は,どの辞書にもなく,調べようがない。しかし,

にくにく(憎々),
にくにく(憎々)し(い),

等々という言葉がある。前者は,

大層憎いさま,憎たらしいさま,

後者は,

大層にくらしい,

とあり(『広辞苑』),そこから,

にくにく(憎々)しげ,
にくにく(憎々)しさ

と言ったりするので,「にく(憎)」があると仮定しよう。では,

にく(憎)む,

はどうか。意味は,

憎いと思う,にくしむ,
不快感,抵抗感などを口に出す,批難する,

で(『広辞苑』),語源は,

「ニク(悪感情)+ム(動詞化)」

とある。しかし,この他にも,

音に含むの義(日本語源=賀茂百樹),
ニクは苦飽(ニガアク)の略(『大言海』),
ネ(性・根)にフクムの義(日本語源=林甕臣),
イタム(忌)の義(言元梯),
ニクはニガ(二我)の転声か(和語私臆鈔),
ニク-ウム(産)の義,ニクは人の思いが身について離れない意(国語本義),
ニガメ(苦目)の義(名言通),
二念を含む意か,また肉ツムの意か(和句解),
悪感情を表す朝鮮語のヌクと関わりがある(語源辞典=吉田金彦),

等々と語呂合わせが多い。しかし,「ひがむ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/445126374.html

でふれたように,「にくむ」の「む」について,『日本語の語源』は,

「オモフ(思ふ)の省略形のモフ(思ふ [m(of)u])を早口に発音するとき,ム(む)に縮約された。これを活用語の未然形に接続させて推量・意志の助動詞が成立した。(中略)『む』の未然形『ま』は助動詞を接続しない。その空間(あきま)性を利用して形容詞化の接尾語『し』を付けたため,『まし・べし・らし』『ましじ・まじ・じ』が成立した。また動詞『あり』を添えたため『めり』が成立した。体言化された『まく』に『欲し』をつけた『まくほし』は希望の助動詞『まほし』になった。(中略)『む』は多くの助動詞の母胎となった根源的な助動詞である。
 『む』[mu]は,平安時代の中ごろから,発音運動の衰弱化の反映として,母韻[u]を落として撥音便の『ん』になった。」

と,「思ふ」からの変化を説く。仮に,「む」が,

オモフ→モフ→ム,

と変化したのなら,「ニク+ム」は,その思いを強調したものになる。元来は,動詞「思ふ」なのだから,

「ニク(悪感情)+ム」

と,思いが強まったものということになる。『古語辞典』は,「憎み」について,

「愛情や親密感を拒否され傷つけられて,不愉快・抵抗を感じ,時にそれをくちにし,また阻害者を傷つけたいと思う意。類義語キラヒは,相手との関係を切り捨て,離れようとする意。イトヒは,相手から顔をそむけたい意ソネミは,相手を深いなものと思う意」

とある。

参考文献;
中村一男編『反対語大辞典』(東京堂出版)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
posted by Toshi at 05:42| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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