2017年02月12日

かなし


「かなし(い)」は,

悲し(い),
哀し(い),
愛し(い),

と当てる。『広辞苑』には,

「自分の力ではとても及ばないと感じる切なさをいう語。悲哀にも哀憐にも感情のせつないことをいう。」

として,

(悲・哀)
泣きたくなるほどつらい,心がいたんでたえられない,いたましい,
(哀・愛)
身に染みていとしい,かわいくてたませない
興味深くて強く心惹かれる,心にしみて面白い,
(主として連用形を副詞的に使って)見事だ,あっぱれだ/残念だ,しゃくだ,
貧苦である,貧しく同情される,
どうしようもなくおそろしい,

といった意味になる。『古語辞典』には,

「自分の力ではとても及ばないと感じる切なさをいう語。助動詞のカネと同根であろう。カネ・カナシの関係は,ウレヘ(憂)・ウルハシの類」

とある。漢字による使い分けは,ともかくとして,「かなし」は,

泣きたいほどつらいという主体の心情の状態表現,あるいは,かわいい,興味深い,といった心情の状態表現を,さまざまな場面で使っていたのが読める。『大言海』は,だから,「かなし」に,二項立てている。ひとつは,

情切・痛感,

と当てて,

(沖縄にては今も,可愛(カワユ)シを,カナシと云ふ)身に染みて,切に思ふ意を云ふ語。いとほし,いとし,

とし,いまひとつは,

哀し,
悲し,

と当てて,

(前條の語(上記の「かなし」)の感情を,専ら,悲哀の意に用ゐるなり)嬉しの反。歎(なげ)かはし,愁(うれ)はし,

としている。

切ない,

という心情に当てはまるものに意味を広げていった,というようにも受けとめられるが,文脈依存の和語は,切ない気持ちになるものを,

泣きたい気持ちも,
深く心惹かれるのも,
くやしさも,
貧しさの辛さも,

なべて「かなし」といったに過ぎない。今日,「やばい」や「かわいい」を何にも当てはめるのは,漢字を知って使い分ける前への先祖がえり(というか,日本語の退化)といっていいのかもしれない。

語源には,三説ある,と,手元の『語源辞典』には載る。

説1・「カネ(困難・不可能)+シ」~しカネるの形をとり,力が及ばず,何もすることができない切ない気持ちのカネに,シが加わった語(大野晋),
説2・「カナシ(愛+シ)」で,感動が強くて激しく心に迫って,ゆすぶられ何もすることができない意。喜びにも悲しみにも使った,
説3・「かな(感動助詞)+シ」で,感動が強くて迫る意を表す,

そのほかにも,

クハナシ(愛無)の義(言元梯),
チカラナシ,甲斐なし,またはカシマシクナクの意か(和句解),
カレナカシキ(悴泣如)の義(名言通),

等々がある。『語源由来辞典』は,

http://gogen-allguide.com/ka/kanashii.html

「古く、悲しいは『心が強く痛むさま『切ないほどいとおしい』『かわいくてならない』『悔しい』『残念』など、マイナス面に限らず、激しく心が揺さぶられる状態を言った。悲しいの語幹『かな』は、『しかねる』の『かね』と同源の語で、力及ばず何もできない状態をいうとする説もある。
しかし、かなしいは、心の動揺を自分で抑え切れない状態をいうと考えたほうがよく、感動の終助詞『かな』の品詞転換とする説のほうが良いであろう。 悲しいの『悲』の漢字 は、『非』が羽が左右反対に開いたさまから、両方に割れる意味を含み、悲は『非+心』で、心が裂けること、胸が裂けるような切ない感じを表す。哀しいの『哀』の漢字は、『衣』を被せて隠す意味を含み、哀は『口+衣』で,思い を胸中に抑え,口を隠してむせぶことを表す。」

と,感嘆詞「かな」の動詞化を取る。しかし,『日本語の語源』は,

「ケニ(異に)は,『とくに。いっそう。いよいよ』という意の副詞である。ケニアシ(異に悪し)と悲しんだのが,ニア[n(i)a]の縮約でケナシになり,ケの母音交替(ea)でカナシ(悲し)になった。カナシクモフ(悲しく思ふ)は,モフ[m(of)u]の縮約と『ク』の脱落とでカナシム(悲しむ)になった。」

とする。基本文脈依存の和語は,語呂合せのような語源説よりは,音韻変化に説得力があると思うのだが,「かむしむ」の「む」については,たとえば,「ひがむ」,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/445126374.html

や「にくむ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/446884148.html?1486759372

で触れたように,『日本語の語源』は,

「オモフ(思ふ)の省略形のモフ(思ふ [m(of)u])を早口に発音するとき,ム(む)に縮約された。これを活用語の未然形に接続させて推量・意志の助動詞が成立した。(中略)『む』の未然形『ま』は助動詞を接続しない。その空間(あきま)性を利用して形容詞化の接尾語『し』を付けたため,『まし・べし・らし』『ましじ・まじ・じ』が成立した。また動詞『あり』を添えたため『めり』が成立した。体言化された『まく』に『欲し』をつけた『まくほし』は希望の助動詞『まほし』になった。(中略)『む』は多くの助動詞の母胎となった根源的な助動詞である。
 『む』[mu]は,平安時代の中ごろから,発音運動の衰弱化の反映として,母韻[u]を落として撥音便の『ん』になった。」

と,「思ふ」からの変化を説く。仮に,「む」が,

オモフ→モフ→ム,

と変化したのなら,「カナシ+ム」は,思いを強調したものになる。「かなしむ」の意味は,

いとおしく思う,
悲しく思う,
心打たれる,

と,確かに「思う」を強調したものにはなる。だから,『大言海』は,

カナシ(痛感)と思う意,

とする。しかし,

「上代末に,形容詞『かなし』の語幹に接続語『ぶ』のついた上一段動詞として成立し,平安初期にバ行四段動詞となり,『かなしぶ』『かなしむ』と語形の揺れを生じる」(『日本語源大辞典』)

とか,

「奈良時代には上二段活用,平安時代に四段活用に転じた」
「万葉集の例は,万葉仮名で『可奈之備』とあり,連用形に『備』が使われているから,上二段活用と認められる。平安時代にカナシビからカナシミに転じた」(『古語辞典』)

とある「び」の説明がつかないと,「かなしむ」の「む」は,「ひがむ」の「む」とは別系統ということになる(あるいは,本来別系統の「かなしび」と「かなしみ」は,混同されたのかもしれない)。接尾語「ビ」については,

「名詞または形容詞の語幹に付いて,上二段活用の動詞を作り,そのようなふるまいをする,またはそういうようすであることをはっきり示す意を表す。『荒び』『うつくしび』『宮び』『都び』など。」

とある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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