2017年02月13日

マネジメント


佐々木圭吾『みんなの経営学―使える実戦教養講座』を読む。

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本書の「まえがき」で,著者は,ドラッカーの,

「マネジメントとは,伝統的な意味における一般教養である。」

を引く。経営学があって,企業経営があるのではなく,企業経営という現実があって,経営学がある。経営学は,だから,後追いでしかない。過去の知恵と知識と経験を整理したものだ。ドラッカーの意味は,そういうことではないか,と僕は思う。僭越ながら,歴史学に近い。しかし過去から学ばないものは,何度でも同じ轍を踏むことになる。そういう意味でも,教養である。だから,未来については,教養として以上の役には立たない。

マネジメントのマネージとは,

何とかすること,

であるが,それは,むろん,精神論でも,努力論でも,行動論でもない。いかに,

(誰でも,いつでも,どこでも,何とかできる)仕組み,

をつくるか,ではないか。著者は,「部下が言うことを聞かない」という愚痴を言う上司について,

「直接動かすことのできない他人をいかに動かすか(動いてもらうか)が,マネジメントを考える際の最重要ポイントになります。」

と言っているのは,そういう意味でなくてはならない。だから,

個々の能力発揮の有無,
個々のやる気の有無,
個々のコミュニケーションの是非,

という個人レベルのことを言っているのは,マネジメントではない。

どういう仕組みにすれば,

能力を発揮しやすくなるか,やる気を高めてくれるか,コミュニケーションの齟齬を生まないか,を考えることが,マネジメントでなくてはならない。それは,

仕組み,

仕掛け,

システム,

を考えることに他ならない。バーナードが,

「権限が委譲されるなんてフィクション(作り話)で,権限が部下によって受容されて初めて成り立つものだ」

というのは,上司と部下の個々人の意思や関係性を言っているのではない。それもまた,

仕組み,

の観点から考えなくては,意味がない。

成果主義,

は,結局業績というカネの面だけで「働き方」の仕組みを作ることで,組織としての仕組みをシンプルにした。しかし,それだけで「働く」仕組みが成り立っていたわけではないために,マイナスだけが目立つ。僕には,マネジメントの,手抜き,怠慢にしか見えない。目に見えるところだけで測るなら,そこだけにしか注力しなくなる。その付けは,マネジメントにとって小さくないはずである。

著者は,フェッファーとサットンの,イノベーティブな企業かどうかの,キークエスチョン,

「失敗した人はどうなりましたか?」

を紹介している。それに対して,

「周囲に失敗した人がたくさんいますよ」
「このヒット商品は大失敗に続く三度目の正直だったんです」

という答えが返ってくるヒット商品連発の企業を挙げ,

「失敗する確率が高い挑戦を自発的に行っていく意欲を高めるためには,組織的な『支え』が必要ではないでしょうか」

と言っているが,この「支え」こそがまさに,

仕組み,

であり,それがトップマターであること,つまり,

マネジメントそのもの,

であることは明白である。あるいは,リーダーシップ(本書でも,リーダー論とリーダーシップ論を混同しているのは気になるが)についても,著者は,

ピーターの法則,

を挙げる。つまり,

人は無能と呼ばれるまで出世する,

である。つまり,その職位に求められる成績を上げられなくなるまでは,出世する,ということだ。これも,実は,

仕組み,

そのものでしかない。当該職位での成績を基に昇進させていく,という仕組みの結果である。それは,育成と評価の仕組みそのものの結果でしかない。

バーナードは,組織が生成・存続していくための要因を,

協働意志,
共通目的,
コミュニケーション,

を挙げたが,目的があって,協働意志とコミュニケーションが必要となる。つまり,

共通目的,

があってこそである。とすると,組織の問題が生まれた時,

「組織的視点を持った人は,組織の具合がおかしくなったとき,『犯人捜し』ではなく,…『やる気はあるのか(協働意志)』『全員が目的を理解し納得しているのか(共通目的)』『メンバー全員のコミュニケーションがとれているか(コミュニケーション)』といった眼鏡で組織を見直す…。」

と著者は書くが,それはマネジメントの視点ではない。僭越ながら,それは傍観者視点である。マネジメントの当事者なら,

やる気があるか,

ではなく,

やる気を高める仕組みはきちんとあるのか(あるいはそれが機能しているのか),

でなくてはならないし,

目的を理解し納得しているか,

ではなく,

目的を理解し納得させる仕掛けはあるのか(あるいはそれが機能しているのか),

でなくてはならないし,

コミュニケーションはとれているか,

ではなく,

コミュニケーションがとれる仕組みはあるのか(あるいはそれが機能しているのか),

でなくてはならない。この発想こそが,

マネジメントは仕組みを考えること,

の肝のはずである。

バーナードが,組織が生き延びるには,有効性と能率が必要であり,それには,

「組織メンバーが従うべき規範や価値基準である道徳準則を創造する必要があり,道徳準則の創造こそが経営者のやそくわりである」

と言っているのは,「経営準則」つま経営ビジョンという目的が明確になってこそ,そのためにどうメンバーのやる気を高め,コミュニケーションが取れるようにするか,というその仕組みを考えていくことになる。まさにそこにこそマネジメントそのものの背骨があるからにほかならない。

参考文献;
佐々木圭吾『みんなの経営学―使える実戦教養講座』(日本経済新聞出版社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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