2017年02月14日
カミ
神,
と当てる「カミ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436635355.html
で触れた。「上」と当てる「カミ」について,少し触れたみたい。『広辞苑』は,意味を,大別二つに分けている。
第一は,「ウエ」が本来は表面を意味するのに対して,一続きのものの始原を指す語,として,
(空間的に)高い所,という意味として,
うえ,
川の上流,
身体または衣服の,腰または一定の位置より上の部分,
(台所・勝手などに対して)座敷,
(時間的または順序で)初めの方,という意味として,
昔,いにしえ,
月の上旬,
ある期間をいくつかに分けた最初の方,
和歌の初めの方,主にその前半三句,
第二に,身分・地位などが高いこと,またその人を指す意味として,
天皇の尊称,おかみ,
身分の高い人,
年上,年長者,
(多く「お」を冠して)政府,朝廷,
主君,主人,かしら,長,
人の妻の敬称,
上座の略,
公許に近い方,京都の街で北の方,上方,
等々,と位置や方位のメタファなど様々な意味がある。「ウエ」と「カミ」とでどう使い分けていたかは,上記で説明がつくが,「カミ」の反対は,
シモ,
であり(カミ・ナカ・シモ),「ウエ(ヘ)」の反対は,
シタ,
となる。「ウエ(ヘ)」は,古くは,
ウハ,
といったらしいが,『古語辞典』には,
「『下(した)』『裏(うら)』の対。稀に,『下(しも)』の対。最も古くは表面の意。そこから,物の上方・高い位置・貴人の意へと展開。また,すでに存在するものの表面に何かが加わる意から,累加・つながり・成り行きなどの意を表すようになった。」
とある。『大言海』は,「ウヘ」について,
「浮方(うきへ)の義か,うきひぢ,うひぢ(泥土)。つきこもり,つごもり(晦)。」
とし,「シモ」について,
「後本(しりもと)の略か。又,尻面(しりも)の略か」
としている。手元の『語源辞典』は「カミ」について,
「『上部』が語源です。上にあるもの,つまり,川上,頭,髪,守,峠など,共通語源のようです。髪の毛は,『上の毛』が語源です。」
とあるが,そのほかにも語源説には,
ミは,方向をいうモの転訛(白鳥庫吉『神代史の新研究』),
カタミ(高み)の義(言元梯),
アガミ(挙見)の義(名言通),
ウカミ(浮)の上略(和訓考),
神と同義(和句解・和語臆鈔),
等々がある。「神」と「上」の同義については,
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でも触れたように,
江戸時代に発見された上代特殊仮名遣によると,
「神」はミが乙類 (kamï)
「上」はミが甲類 (kami)
と音が異なっており,『古語辞典』でも,
「カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い」
と断言する。ただ,
「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」
とする説もある。『日本語の語源』は,
「『カミ(上)のミは甲類,カミ(神)のミは乙類だから,発音も意味も違っていた』などという点については,筆者の見解によれば,神・高貴者の前で(腰を)ヲリカガム(折り屈む)は,リカ[r(ik)a]の縮約でヲラガム・ヲロガム(拝む)・ヲガム(拝む)・オガム・アガム(崇む)・アガメル(崇める)になった。礼拝の対象であるヲガムカタ(拝む方)は,その省略形のヲガム・ヲガミが語頭を落としてガミ・カミ(神)になったと推定される。語頭に立つ時有声音『ガ』が無声音『カ』に変ることは常のことである。
あるいは,尊厳な神格に対してイカメシキ(厳めしき)方と呼んでいたが,その省略形のカメシがメシ[m(e∫)i]の縮約でカミ(神)に転化したとも考えられる。いずれにしても,『神』の語源は『上』と無関係であったが,成立した後に,語義的に密接な関連性が生まれた。
神の御座所を指すカミサ(神座)はカミザ(上座)に転義し,さらに神・天皇の宮殿の方位をカミ(上)といい,語義を拡大して川の源流,日の出の方向(東)をカミ(上)と呼ぶようになった。」
とする。意味の関連から,上と神が重なるが,それは漢字を当てはめてからのことであって,同じ「カミ」と呼びつつ,文脈依存する和語としては,その微妙な差異を微妙な発音でするしかなかったのであろう。少なくとも,「カミ」は,上と神では,差異を意識していたのではあるまいか。
「シモ」の語源は,
「シ(物体の下)+モ(身体)」
で,人体の下,を意味する。「カミ」の対だとすれば,「神」と絶対に区別が必要だったわけである。その他に,『大言海』の,
シリモト(後本)の約略,
シリモ(尻面)の略,
以外にも,
シリモト(尻本)の義(名言通・名語記),
シリモ(尻方)の義(国語溯原),
シリマ(尻間)の義(言元梯),
モはミ(身)の転。もとは賤しい身をいったが,のち,ほうこうについていうようになった(国語の語根とその分類),
シモ(下方)の義。モはカミ(上)のミと同じ(神代史の新研究),
等々がある。ついでに,「ウエ(上)」は,『語源辞典』には,
「ウ(浮く)+へ(方角)」
で,物が浮く方向を意味し,ウエシタは空間的,カミシモは地位などの表現に使う,とある。その他,
ウヘ(頂),ウナヘ(頂方)の義(言元梯・名言通),
ウツヘ(空へ)の義(日本語原学),
ウハの転。後から加わるの意(日本語の年輪),
等々あるが,『日本語源大辞典』は,
「方向・方面を示す『へ』と関連づけるものが多いが,,この語は上代特殊仮名遣いでは甲類音で,あって,乙類御の『うへ』の『へ』とは異なる。」
とする。しかも,古代「うは」と言っていたのだから,そのことを前提にしないと成り立たないということになる。
「シタ」は,『語源辞典』は,
「シ(下の意)+タ(名詞の語尾)」
で,置いた物の内側。転じて物の下,下方を意味する,とする。これも異説がいっぱいある。
シリトマリ(尻止)の義か(名言通),
シタルの略(言葉の根しらべ),
シリト(尻所)の義(言元梯),
シに下の義があり,それに名詞語尾タを添えた語(国語の語幹とその分類),
シホタルからか(和句解),
タは落ちて当たる時の音かまたタル(垂)の義が(日本語源),
等々。
文脈依存の和語の語源は,多く,擬態語・擬音語か,状態を表現する,という意味から見れば,
カミ・シモ,
は,両者の位置関係を,
ウエ・シタ,
は,物の位置関係を,それぞれ示したに違いない。ウエとカミの区別は大事だったに違いないのだが,状態表現から価値表現へ転じていく中で,混じり合ってしまった。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;
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今日のアイデア;
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