2017年02月27日

こんにちは


「こんにちは」は,

今日は,

と当てる。

「今日は~」という挨拶語の下略,

で,

昼間の訪問または対面時の挨拶語,

と,『広辞苑』にある。語源は,想像がつくように,例えば,

今日は良い天気でございます,
とか,
今日はお元気そうで,

とかの時候の挨拶の後半を略した言い回しである。誰かが言っていたが,天気を話題にすることは,

あなたには敵意はありません,

という表明でもある,と言うが,いわば文脈を共有するものの挨拶であり,逆に,

文脈を共有しています,

という姿勢の表明でもある。その意味で好意の,少なくとも友好の姿勢の表明でもある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ko/konnitiwa.html

は,

「こんにちはの語源は、『今日は御機嫌いかがですか?』などの『今日は』以下を略すようになり、『こんにちは』となった。『こんにちは』を『こんにちわ』と誤表記される理由は多々あるが、『は』と書くよりも『わ』の方が『和』に通じて親しみやすい印象を受けることから、誤表記と知りつつ、あえて『こんにちは』を『こんにちわ』と表記されることもある。」

としている。確かに「こんにちは」は「こんにちわ」と表記することに,異和感は少なくなってはいる。それは,後略という意識が薄く,「こんにちわ」を,単語として意識するから,「わ」でさわりを感じないせいなのだろう。

同じ挨拶語の「おはよう」は,

お早う,

と当てるが,

「オハヤクの音便」

とあり(『広辞苑』),『大言海』には,

「ありがたう,おめでたう,ごきげんやう,と同趣の語」

として,

おはやくござりますの音便の略,

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/o/ohayou.html

には,

「おはようの語源は、『お早く○○ですね』などの『お早く(お はやく)』である。 この『お早く』が転じて、『おはよう』となった。また、『おはよう』はその日 初めて会った人に言うことから、一部の業界では夜でも人に会った時の挨拶として『 おはよう』を用いる。」

とあり,『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%82%88%E3%81%86

も,

「形容詞『早い』の連用形『はやく』が『はやう(はよう)』とウ音便化し、それに丁寧の意を表す接頭語『お』が付いた語。もとは、相手が速く出てきたことに対するあいさつの言葉で、『お早いですね』といった意味で用いられていた。朝のあいさつ言葉となったのは、江戸時代後期からとされる。」

「お早く」の転としているが,いずれにしても,ご近所,顔見知り,同業,同僚,という文脈を共有しているか,やはり,そう挨拶することで,顔見知りの擬態になることができる,という効果がある。

別れの挨拶語,「さようなら」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/402221188.html

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163123.html

でも触れたが,再度確認しておくと,『広辞苑』には,

「元来,接続詞で,それならばの意」

とあるし,『大言海』にも,

「然(さ)らばと同意なり。談終はりて,然様ならば,暇申すなどの意。サヨナラは,約めて云ふなり。サイナラは,サヨナラの音転」

とあり,「さらば」の項をみると,

「告別の談,終はりて,然(さ)らばわかれむと云ふを,略して云ふなり。小児の語に,アバヨと云ふも,さあらばよの約転なり。」

とあり,,接続詞「さらば(然・則)」の項に,

「名義抄,火部『然者,さらば』然(さ)あらばの約。サバと云うふは,サラバの約略なり(竝(なら)べて,なべて)」

ともある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/sayounara.html

は,

「さようならは、『左様ならば(さやうならば)』の『ば』が略され、挨拶になった語。 現在で別れ際に言う『じゃあ、そういうことで』のような もので、『さやうならば(さようならば)』は、『そういうことならば』を意味する。」

とある。『由来・語源辞典』は「さらば」について,

http://yain.jp/i/%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0

は,

「『さようなら』よりも古い語で、現在ではふざけ気味に言うこともある。『さら』は、そのようだの意の動詞『さり(然り)』の未然形で、「ば」は仮定を表す接続助詞。本来は、そうであるならば、の意の接続しで、中世以降、転じて、別れのあいさつとして用いられるようになった。」

としている。「さようなら」については,『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%89

「『そういうことならば』という意味の句『さようならば』の『ば』が省略されたもの。本来の語構成は『さ』+『様(よう)』+『なら』+『ば』。『さようならば、これにてごめん』のように用いられたことから、『さようならば』だけで別れの言葉となり、さらに『さようなら』となった。近世後期に一般化した。「さよなら」と縮めてもいう。」

「そういうわけで」という含意があり,「さようなら」は,より強く,文脈依存性が滲み出ている。「そういう次第」を了解し合っている,という関係性を強く言い表しているからだ。今日,そういう含意はうすくなってすいて,ただ別れの挨拶語,という抽象度が高まっているが。

『日本語源大辞典』には,こうある。

「『さよう』は中古よりみられるが,(接続詞『されならば』『しからば』)の用法は主に『さらば』(和文)と『しからば』(漢文訓読文)によって表されていた。中世末期においては『さらば』『それなら(ば)』が多く用いられ,『さようならば』の使用頻度が高くなるのは近世中期以降である。(『さようなら』という)別れの挨拶の用法については,まず『ごきげんよう』『のちほど』などの他の別れの表現と結びついた形で用いられ,次いで金星後期に独立した別れのことばとして一般化した。」

『江戸語大辞典』には,

さよう(然様)ならば,
さらば,

が別れの言葉として載る。因みに,「挨拶」は,

「挨,推也。拶,逼也」

と,『大言海』が「篇海類編」を引く。禅家の語として入って来たらしく,

「門下の僧に推問答して,其の悟道知見の深浅を試むること」

とある。語源は,中国語の,

「挨(押す)+拶(押す・迫る)」

意から,互いに近づく意となる,とあり,

「お互いに心が接近するための」

言葉がけとなる。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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posted by Toshi at 05:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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