「やくたい」は,
役に立たない,
という意味で使う「益体もない(し)」の
益体,
を当てると思っていた。ところが,『古語辞典』は,「やくたい」で,
益体,
薬袋,
を当てて,
きちんと整っていること,
益体無しに同じ,
と意味が載る。前者については,
「大将が弱くして威勢なく,軍(いくさ)の下知も常に教へず,下下の奉行も次第なく,人数立ても益体もなきを乱と云うなり」(孫子私抄)
の例を挙げ,「やくたいなし」にも,
益体無し,
薬袋無し,
と当て,
きちんとけじめがなく,振る舞いがでたらめなこと,埒もないこと,またその人,
と載る。どうも「薬袋」は,語源と関わるのかもしれないという気がする。『広辞苑』は,「益体」と「薬袋」は別立てて,「益体」は,
きちんと整っていること,役に立つこと,
益体無しの略,
と意味が載り,「薬袋」は,
薬を入れる袋,
鉄砲の火薬を入れて携行する小さな瓶(日葡),
と意味が載る。「胴乱」の項,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429613500.html
で触れたように,火縄銃には,銃の他,
火縄,
火薬及び火薬入
口火薬入
玉及び烏口(玉入れ)
が必要になる。その火薬入れ,を指すらしい。
(笠間良彦『図説日本合戦武具事典』より)
とすると,「やくたい(も)ない」は,通常,
益体ない,
と当てるが,『大言海』は,
薬袋も無い,
と当てている。で,
「醫にして薬袋なくては,療ずべからず,因りて,寄せて云ふと云ふ。いかがか。或いは,役に立たぬの訛ならむ」
と述べ,珍しくいささか自信なげである。これだと,いわゆる「薬ふくろ」の意味である。しかし,『大言海』には珍しく,首をひねる。さらに『大言海』は,「やくたい」も,
薬袋,
しか当てず,
くすりを入るる袋,
馬具,
役に立つこと,しまり,らち,
やくたいもなし(無薬袋)の略,
淫奔女(いたずらをんな)の称(静岡県),
が載る。どうも,こうみると,
益体,
は当て字かもしれない。
それにしても,「やくたい」の語源が,はっきりしない。
『日本語源広辞典』は,「やくたいもない」で,
「『中世語,益体なしを分割した語』です。役に立たない意です。転じて,つまらない,たわいもない,とんでもない,くだらない,などの意です。」
と載るが,「益体」自体の語源の説明はない。『日本語源大辞典』には,
ヤクタイは役怠の義か(松屋筆記),
薬袋がなくては治療できないことに寄せてしいうか(和訓栞),
ヤクタタヌ(役立)の訛か(大言海・大阪方言辞典),
ヤクタイ(厄体)の義か(大阪方言辞典),
と,どれもいささかこじつけっぽい。『広辞苑』がさりげなく載せていたが,室町末期の『日葡辞典』に,「やくたい」を,
鉄砲の火薬を入れて携行する小さな瓶,
としていたのが,時代的に丁度あう。ちょうどその頃,銃の装填操作を短縮するために,原始的薬莢の,「早盒(はやごう)」が開発された。それ以降は,早盒入れを持ち歩く。早盒は,
「木を刳りぬいて銃の口径に合わせた筒や竹筒にあらかじめ火薬と玉を詰めたもの」
で,それを銃口にあててカルカ(弾薬を筒口から押し込むための鉄の棒)で突き,火薬と玉を一度に詰め込める。この普及で,火薬入,玉入が要らなくなった。で,たぶん,
薬袋,
の意味が,変って行ったのではないか。そう見ると,「やくたいなし」は,
薬袋無し,
が,当てる字と言い,意味という,合致するように思う。因みに,『江戸語大辞典』の「やくたいもない」は,
益体も無い,
他愛もない,つまらぬ,
の意味で使っている。すでに,「益体」を当てている。
参考文献;
笠間良彦『図説日本合戦武具事典』(柏書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
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今日のアイデア;
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