2017年03月29日

ワールド・カフェ


J・ブラウン&D・アイザックス『ワールド・カフェ~カフェ的会話が未来を創る』を読む。

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量子物理学者ハイゼンベルクは,

「科学は実験にもとづくが,…科学は対話に根ざしている」

と,言っているという。物理学者が熱い対話を通して,自分の理論を固めっていた,ということはつとに有名だ。昨今,改めてダイアローグについて注目されることが多いが,ブレインストーミングを始め,キャッチボールのもつ創造的効果について,改めて贅言を費やす必要はあるまい。本書の主題であるワールド・カフェは,そうした対話の効果的な手法として,夙に有名だし,何回か,僕自身も参加してみたことがある。

ワールド・カフェもそうだが,組織改革などを進める際に,関係者が一同に会して会話する手法が数々ある。これ等を,

ホールシステム・アプローチ,

と呼ぶそうだが,ホールシステム・アプローチについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/441302507.html

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163468.html

で,それぞれすでに触れた。特徴を,訳者の香取一昭氏は,

社会構成主義に基づき,会話を大切にする,
組織も生命体と見なし,自己組織化を起こしやすい環境を作る,
テーマに関わる全てのステークホルダーが参加する,
ポジティブ発想に基づく,

と,まとめている。思えば,誤解を恐れずに言えば,

ブレインストーミング,
も,
エンカウンターグループ,
も,
Tグループ,
も,

会話(沈黙も含めて)で成り立っていた。その会話を,対話,ダイアローグとして意識することで,それを図として,そのもつ機能を最大限に活かそうとする仕掛けのひとつ,とワールド・カフェを位置づけてもよいのかもしれない。

本書の中で,マーガレット・J・ウィートリーは,

「ワールド・カフェのプロセスでは,人々は一般的にテーブルからテーブルへと移動しますが,それは物理的に移動すること以上に意味があることです。私たちは,自分たちの役割や,先入観,確信をもっている考え方を背後に置きながら,移動していきます。そして,新しいテーブルに移動するたびに,私たちは自我を捨てて,より大きな存在になるのです。つまり,そのときには,私たちは,すでに何人かの人々の間で行われた会話を代表する存在になっているのです。私たちは,自己と小さな確かさという限定的な感覚から解き放たれて,新しいアイデアが生まれる広々とした空間へと移動します。ある参加者は次のように語っています。『それはあたかも,その考えがどこから来たのかわからないという感じです。なぜなら,その考えは何度も結合され,新しい物差しによって形づくられ,転換させられたものだからです。人々はお互いに話し合い,どこかほかのところで使われ始めた新しい言葉を使いますが,その言葉は,それまで自分では考えたこともなかった言葉なのです。』

キーワードは,ダイアローグである。ダイアローグについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163119.html

で,また,デヴィッド ボーム『全体性と内蔵秩序』については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/421586313.html

で触れた。

本書は,ワールド・カフェのホストを果たした人たちの物語で成り立っている。

上述のマーガレット・J・ウィートリーは,

「ワールド・カフェで行われる話し合いのプロセスは,人間の本質に関する2つの基本的信念についての深い『種の記憶』を呼び覚まします。それは第一に,『人間は自分たちにとって大切なことについて,本当は共に話し合いたいのだ』ということです。実際に人生に満足感と意味を与えてくれるのは,この本質なのです。そして第二に,『共に話し合うにつれて,私たちは,集団の中にのみ見い出せる,より偉大な知恵にアクセスすることができる』ということなのです。」

と述べている。対話の重要性は,疑わない。ロジャーズが,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/410724005.html

で触れたように,果敢にチャレンジした,プロテスタント4名,カトリック4名,英国陸軍退役大佐1名との,3日間に亘るエンカウンター・グループによる「鋼鉄のシャッター」は,人の対話の威力を思い知らせるが,いま,

パレスチナ人

ユダヤ人,

とのワールド・カフェを,仮に試みたとして,その土俵に乗る意思がなければ,そもそもスタートしない。ワールド・カフェのコンテキストの要素として,

目的,
参加者,
パラメーター(時間・予算・場所),

が不可欠だが,目的は共有できるのだろうか。

「カフェの目的を検討するための1つの方法は,『何が人々を結びつけているのか?この会話によって,どのようなニーズが足されるのか?』という質問をしてみることです。」

とある。しかしそもそもその質問が成立しないところで,どうやって,目的を設定していくのか。結局「鋼鉄のシャツター」では,アイルランド紛争は解決できなかった。その意思決定は,政治であった。政治解決で必要な対話は,この種の対話スキルで可能なのか。組織の問題でもそうだが,組織の問題を解決する土俵を決めるのは,会話ではない。その意思決定である。それがあって初めて,土俵ができる。

多少悲観に過ぎるのかもしれない。しかし,コミュニケーション・スキルでは解決できないものがある,ということを逆に,このワールド・カフェは照らし出してくれるように思える。

参考文献;
J・ブラウン&D・アイザックス『ワールド・カフェ~カフェ的会話が未来を創る』(ヒューマンバリュー出版)
ルイーザ・ギルダー『宇宙は「もつれ」でできている』(ブルーバックス)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 05:11| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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