はなす


「はなす」は,

話す,

と当てるが,

咄す,

と当てる,とするものもある。

言葉で相手に伝える,
相談する,

等々の他に,

(遊里語で)遊女を買う,

という意味もあるようだ(『デジタル大辞泉』『広辞苑』)。ちなみに,「言う」と「話す」の違いにっいて,

「ことばを発する行動をさす日本語動詞のうち、おもなものとして『言う』と『話す』があり、その意味はすこし異なっている。『言う』は単にことばを発することであり、内容は『あっと言った』のように非常に単純なこともあり、『言い募る』といえることからもわかるように、一方的な行動のこともある。それに反し『話す』のほうは、相手が傾聴し、理解してくれることが前提となっている。また名詞形の『はなし(話)』にはっきり現れているように、『話す』ときの内容は豊かであるのが普通である。『言い合う』が、互いに自分の言いたいことをかってに言うことをさし、口喧嘩(くちげんか)の場合もあるのに対して、『話し合う』が、互いに相手の言い分を理解し、意見を交換することをさすことを考えると、人間の社会活動を助けることをそのおもな働きとする言語行動を代表する動詞としては、『話す』のほうがふさわしい。「話す」行動はかならず音声を用いるが、音声を用いずに意味の伝達をする行動として、手話がある。『話す』ときには、仮名で書き表せるような個々の音声単位の連続体、すなわち『語』を仲介として意味内容を伝えるが、手話では手や腕の動きによって直接に意味内容を伝える。また『話す』ことは暗闇(くらやみ)でもできるが、手話は相手が見える場合でないと成立しない。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)

とある。「いう」は,

言う,
云う,
謂う,

と当てる。『デジタル大辞泉』は,

「『言う』は『独り言を言う』『言うに言われない』のように、相手の有無にかかわらず言葉を口にする意で用いるほかに、『日本という国』『こういうようにやればうまく行くというわけだ』など引用的表現にまで及ぶ。
『話す』は『しゃべる』とともに、『喫茶店で友達と話す』『電話で近況を話す』のように、相手がいる場での言葉の伝達である。『話し方教室』とはいうが、『言い方教室』とはいわない。
類似の語に『述べる』『語る』があるが、ともにまとまった内容を筋道を立てて発言する意の語であり、『意見を述べる』『紙上で述べる』のように用いたり、『物語』『義太夫語り』のような熟語を生んだりする。」

と区別する。「言う」は,しかし,「意見を言う」「紙上で言う」と言ってもいいので,かなり汎用性がある。『古語辞典』には,「言ふ」について,

「声を出し,言葉を口にする意。類義語カタリ(語)は,事件の成り行きを始めから終わりまで順序立てて話す意。ノリ(告)は,タブーに触れることを公然と口にすることで,占いの結果や名などについて用いる。ツグ(告)は,中を置いて言う語。マヲシ(申)は,支配者に向かって実情を打ち明ける意」

とある。「もおす(まをす)」については,『古語辞典』は,

「神仏・天皇・父母などに内情・実情・自分の名などを打ち明け,自分の思うところを願い頼む意。低い位置にある者が高い位置にある者に物を言うことなので,後には『言ひ』『告げ』の謙譲表現となった。奈良時代末期以後マウシの形が現れ,平安時代にはもっぱらマウシが用いられた」

とある。「のり(宣り・告り・罵り)」については,

「神や天皇が,その神聖犯すべからざる意向を,人民に対して正式に表明するのが原義。転じて,容易に窺い知ることを許さない,みだりに口にすべきでない事柄(占いの結果や自分の名など)を,神や他人に対して明し言う意。進んでは,相手に対して悪意を大声で言う意」

とある。さらに,「述ぶ」は,「伸ぶ」「延ぶ」とも当てるので,

長く話す,

意となる。こうみると,

言葉を口に出すのを「いう」,

その言葉が連なって長いのを「述(陳)ぶ」,

その相手があるのを「はなす」

人を介して伝えるのを「つぐ」,

その特殊な発言で,

下から上を,「もおす」,

上から下を,「のる」,

その話の中身の起承転結あるを「かたる」,

と,同じく口に出すにしても,使い分けていたことになる。「いう」だけは,相手の有無にかかわらず言葉を口に出す一般を指す,とみることができる。

『大言海』は,「話す」を,

「(心事を放す意か)語る,告ぐ,言ふ,ものがたる」

とし,「言ふ」(「ゆふ」とも訛る)については,二項立て,

ものいふ,言(こと)問ふ,口をきく,

の意味と,

言葉に出す,語る,延ぶ,話す,
名づく,

の意にとに分けている。「はなす」の語源は,『大言海』の述べるように,

「放す(心の中を放出する)」

であるようだ。『日本語源広辞典』には,

「物をカタルとか,のカタル(語)が,ダマス(瞞,騙)に使われるようになって,ハナス,に漢字の『話』を当てて生まれた語です。」

とある。ついでながら,「放す」の語源は,

「ハナ(二つの物体の距離間隔が広がる)+ス」

として,

「話す人の手と対象との距離や間隔が広がる意です。ハナス,ハナツ,ハナレルは同源です。ハナスに漢字の『話』を当てて生まれた語なのです」

とある。その謂れについて,

http://kuwadong.blog34.fc2.com/blog-entry-729.html

には,

「言葉を発することを『話す』と言うが、その『話す』に『話』という漢字が用いられたのは明治時代になってからだという。室町時代や江戸時代『はなす』という言葉に当てはめられた漢字は口偏に『出る』と書いて『咄』という文字と口偏に『新』と書いて『噺』という文字が用いられた。『咄』という文字は、音読みで『トツ』であり、口と音を表す『出(シュツ)』からなる漢字であるが、『はなす』ということが、口から出るという意味で『はなす』に用いられたのだろうと推測される。
もうひとつの『噺』は江戸時代に作られた国字である。言葉を発するという意味で『はなす』以外に『かたる』がある。『物語』という言葉はあるが、『物語』は過去の古い事を表現するという意味合いがあったようで、新ネタを表現する場合に『はなす』が用いられ『噺』という国字が当てはめられたようです。
『はなす』という言葉は、室町・江戸という中近世に生まれた言葉でなく、鎌倉時代奈良時代からあったという。その時、用いられた漢字は『放』という漢字である。
「はなつ」という意味だ。」

とある。「話」の字は,

「舌(カツ)は,舌(ゼツ)とは別の字で,もと,まるくおぐる刃物の形(厥刀(ケツトウ)という)の下に口印を添えた字で,口にまるくゆとりをあけて,勢いよくものをいうこと。話は『言+音符舌(カツ)』で,すらすら勢いづいて話すこと」

らしい。

ついでながら,他の語の語源を調べておくと,「言う」は,

「『イ(息)+プ(唇音)』です。イ+フゥ,イフ,イウとなった語」

とあるが,『日本語の深層』では,

「『イ』音の最初の動詞は『イ(生)ク』(現代語の『生きる』)です。名詞『イキ(息)』と同根(同じ語源)とされ,『イケ花』『イケ簀』などと姻戚関係があります。(中略)おそらく/i/音が,…自然界で現象が『モノ』として発現する瞬間に関わる大事な意味を持っているので,この『イ』を語頭にもつやまとことばがたくさんあるのでしょう。『イノチ(命=息の勢い)』『イノリ(斎告り)』などにも,また「い(言)ふ」にもかかわって意味を持ちます。」

とあり,あるいは,息ではなく,「言葉」が発語された瞬間の重要性をそこに込めているのかもしれない。「いま」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/442558118.html

で触れたように,「イ」は,

「『イ』は口を横に引いて発音し,舌の位置がほかの四つの母音よりも相対的に前にくるので,一番鋭く響きますし,時間的にも口の緊張が長く続かない,自然に短い音なので,『イマ』という『瞬間』を表現できるのです。」

とある。「いう」の「い」の意味は深い。

「述ぶ」は,

「ノブ(延・伸)」

が語源である。ひっきりなしに続く,また横に長くのばし広げる意,とある。

「つ(告)ぐ」は,

継ぐ・接ぐと同根,

とある。『日本語源広辞典』には,二説載る。

説1は,「本来の二音節語,ツク(付着スル)が転じて,音節変化でツグ」となった。次の語にツ(継続・接続)+グ意。
説2は,「ツガウ(粘フ)が語源。その後を続ける意。

「のる(宣る・告る)」は,

のぶる(宣・述)の義(言元梯・名言通・大言海),
ノルの本質はノル(乗)。言葉という物を移して,人の心に乗せ負わせるというのが原義(続上代特殊仮名音義),
朝鮮語mil(云)と同源(岩波古語辞典),

という説があるが,『日本語源大辞典』は,

「本来,単に口に出して言う意ではなく,呪力を持った発言,重要な意味を持った発言,ふつうは言ってはならないことを口にする意。ノロフ(呪)の語もこの語から派生したものである。」

とある。「もおす(まをす)」は,

参リススムルの意(日本釈名),
マヘヲリマス(前折)の義。ヲリは,膝を折る意(名言通),
マウは参の意。スはスルの意(和句解),
マは美称。ヲはイホの約(和訓集説),
ミヲシの転(日本古語大辞典),

等々,諸説があるが,『日本語源広辞典』にはこうある。

「この語は,『マヲス』が上代後期にマウスに変化した語です。麻袁須―麻乎須と表記され,申す,白す,啓す,が当てられ平安期には,『申す』が主流になった語です。語源は,『マヰ(参上)の古語マヲ+ス(言上す)』と思われます。現在でも,神社の宮司等の祝詞にマヲスが使われていますので,『参上してあらたまって言う』意が語源に近いとかんがえられます。」

なお,「語る」は,別に項を改めたい。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
熊倉千之『日本語の深層』(筑摩書房)

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