「かしわで」は,
柏手,
と当てるが,
拍手,
とも当てる。「拍手」は,また,
開手(ひらて),
ともいう,とあるが,「柏手」は,
はくしゅ,
と訓む。つまり,「かしわで」も「はくしゅ」も,同じである。『広辞苑』は,
「『柏』は『拍』の誤写か」
とまで書く。それはそうだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%8D%E6%89%8B
には,
「明治以前の日本には大勢の観衆が少数の人に拍手で反応するといった習慣はなく、雅楽、能(猿楽)、狂言、歌舞伎などの観客は拍手しなかった。明治時代になり西洋人が音楽会や観劇のあと「マナー」として拍手しているのに倣い、拍手の習慣が広まったものと推測される。1906年(明治39年)に発表された夏目漱石の小説『坊っちゃん』に『(坊ちゃんが)教場へ出ると生徒は拍手をもってむかえた』との記述がある。」
とある。つまり,わが国には,「はくしゅ」というものはなく,いまいう,「かしわで」のみが,「手を打つ」習慣であった,からだ。今日,「柏手」は,
神前での拝礼の際に,両手を合わせて打ち鳴らすこと,
だが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%8D%E6%89%8B_(%E7%A5%9E%E9%81%93)
には,
「魏志倭人伝には、邪馬台国などの倭人(日本人)の風習として『見大人所敬 但搏手以當脆拝』と記され、貴人に対し、跪いての拝礼に代えて手を打っていたとされており、当時人にも拍手を行ったとわかる。古代では神・人を問わず貴いものに拍手をしたのが、人には行われなくなり、神に対するものが残ったことになる。なお古代人は挨拶をする際に拍手を打つことで、手の中に武器を持っていないこと、すなわち敵意のないことを示し、相手への敬意をあらわしたという説もある。」
とある。『百科事典マイペディア』には,
「二,四,八の各柏手があり,八度打つのは八開手(やひらで)と称す」
とある。
語源は,上記ウィキペディアは,
「『かしわで』という呼称は、『拍』の字を「柏」と見誤った、あるいは混同したためというのが通説である。他に、宮中の料理人である『膳夫(かしわで)』と関連があるとする説や、手を合わせた時の形を柏の葉に見立てたとする説もある。この場合、葬祭などで音を出さないのは黄泉戸喫/黄泉竈食ひ(よもつへぐい)を避けるためとされる。」
と述べている。「誤写」とは,古代の先祖を見縊りすぎていて,あり得ないと思う。『日本語源広辞典』は,
「神への供え物を柏のに盛って供えたのがカシワの語源」
とする。そして,
「供えたあと拝礼の時の手打ちをカシワデと言いました。後に,中国語の『拍手』を当てたものなのです。柏と拍の誤り説は疑問です。」
と加えている。『大言海』は,
「饗膳(カシハデ)より,酒宴に手を拍(う)つ拍上(ウタゲ)に移りて成れる語なるべし」
とある。さらに,
「貞観儀式,鎮魂祭儀『大膳進就版申云々,御飯賜畢,共拍手三度,觴三行,亦拍手一度』」
等々を引き,
「然れども,カシハデとは,古へに聞こえぬ語なりと云へば,いかがあるべき,拍(うつ)を柏(かしは)と誤読せしに起こる云ふは,拙し」
と述べる。「拍」の字は,
『手+音符白』で,博(ハク うつ)と同じく,手のひらをぱんと当てて音を出すこと。白は単なる音符で意味に反関係ない。」
とあり,拍手,拍子と使う(漢音ハク,呉音ヒョウ)。間違えようはない。
(カシワの葉と樹皮)
『由来・語源辞典』
「一説に、古代では柏の葉を食器で用いたことから、宮中の食膳を調理する者を「かしわで」(「で」は「人」の意)と呼び、その料理人が手を打って神饌(しんせん)を共したことに由来する。
また他にも、合わせて打ち鳴らすときの手の形が柏の葉に似ているからとする説や、「拍手」の「拍」を「柏」と間違えたとする説などもある。」
としているが,『大言海』には,「かしはで」という項に,
膳夫,
と当てて,
「カシハは,葉(かしは)なり。葉椀(くぼて),葉盤(ひらで)の類を云フ。テは人なり。」
とある。「柏(かしわ)」は,
「しなやかにして,食を盛るに最も好ければ,その名を専らにせしならむ。」
とある。「かしわ」は,「葉」と当てて,
「堅し葉の約(雄略紀,七年八月『堅磐,此云柯陀之波』)葉の厚く堅きを撰びて用ゐる,木の葉の称。クボテ(葉椀),ヒラデ(葉盤)など,是れなり」
と説明しているところを見ると,「かしは」は,広葉樹の木の葉そのものを指していた可能性もある。
『日本語源大辞典』には,「かしはわで(柏手)」で,語源が,
古く手を打って噛み拝むことを拍手と書いたが,後に『柏』と『拍』の混乱,またカシハデ(膳夫)との混合により誤ったもの(貞丈雑記・漫画随筆・類聚名物考・古事記伝・隣女唔言・かしのしず枝),
神供をカシハの葉に盛り,手を拍って膳をすすめるから(牛馬問),
カシハデ(膳部)が打つ手から(俗語考),
拍手する時の手の形が柏の葉に似ているから(関秘録・仙台間語・貞丈雑記),
カシマテ(呪詛両手)の転(言元梯),
と種々載るが,多くが,「神膳」に関わる。「かしわで(膳・膳夫)」は,
古代は,宮中で食膳の調理を司った人,
であるが,
中世,寺院で,食膳調理のことを司った職制,
となる。語源は,
カシハデ(葉人)の義(大言海),
カシハは炊葉,テはシロ(料)の意で,トロ(事・物)の転呼。カシハの料という意(日本古語大辞典),
とあるが,「かしわ(は)」そのものが,
ブナ科の落葉樹,
という木の名の意の他に,
上代,飲食物を盛り,また祭祀具として用いられた木の葉,
を指す。この辺り,「柏の葉」が一番適して,手頃だったからかもしれない。だから,木の「柏」の語源も,
カタシハ(堅葉)の義(関秘録・雅言考・言元梯・和訓栞・本朝辞源),
上古,食物を物を盛ったり,覆ったりするのに用いた葉をカシハキ(炊葉)といい,これに柏を多く用いたところから(東雅・古事記伝・松屋叢考),
ケシキハ(食敷葉)の義(茅窓漫録・日本語原学),
飯食の器に用いたから,またはその形を誉めていうクハシハ(麗葉)の義(天野政徳随筆・碩鼠漫筆),
神膳の御食を盛る葉であるところから言うカシコ葉の略(関秘録),
風にあたると,かしがましい音を立てる葉の意(和句解),
カシは「角」の別音katが転じたもので,きれこみがあってかどかどいいこと。ハは「芽」の別音haで,葉の義(日本語原考),
と,膳や神供と関わるものが多いが,当然,祭祀具としての「かしわ」も,
食物を木の葉に盛る古習からカシハ(炊葉)の義(国語学通論),
カシハ(柏・槲)の葉に食物を盛ったことから(類聚名物考・本朝辞源),
ケシキハ(食敷葉)の義(言元梯),
と,膳と深くつながる。漢字を当てないかぎり,
かしはで,
は,
かしわで,
でしかない。それに漢字を当てはめた時,当然中国語の「拍手(はくしゅ)」を当てたはずである。それに,敢えて,
柏,
の字を当てはめても,通じるだけの文化的な背景,文脈があった。いや,「柏」の字を当てた方が,しっくりしたに違いないのである。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%AF
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm