2017年04月14日

芝居


「芝居」は,もともと,文字通り,

芝生に居ること,

という意味らしい。そこから,

勧進の猿楽,曲舞,田楽などで,桟敷席と舞台と間の芝生に設けた庶民の見物席,

へと転じ,

芝居小屋の略,
興行物,特に演劇の称,

へと広がり,その中で演じている,

役者の演技,

さらには,

人をだますための結構,

の意へと転じていく(『広辞苑』『デジタル大辞泉』)。『ブリタニカ国際大百科事典』には,

「演劇の別称。本来は寺社境内の芝生の座席の意味であったが,鎌倉,室町時代に延年会 (寺社で行われる酒宴) や猿楽などの芸能がこれらの場所で行われてから,見物席を意味するようになり,さらに桟敷と区別して野天の土間をさすようになった。」

とあり,『世界大百科事典 第2版』には,

「芝生の見物席から転じて,劇場,演劇,演技などをさす語。もともとは芝のある場所つまり芝生の意で,とくに社寺境内の神聖な芝生のことであるが,室町時代に入って芸能の見物席を意味するようになった。猿楽や曲舞(くせまい)などの興行が社寺境内であった際,芝生が見物席となったことから一般化したものである。また,見物席として桟敷(さじき)が設けられた場合,桟敷と舞台の間の土間を芝居という。芝居は露天で,手軽で安価な大衆席であり,貴族的な特等席の桟敷に対している。」

と,『日本大百科全書(ニッポニカ)』には,

「元来は社寺の境内などの神聖な芝生の意味であったが、南北朝ごろから一般に芝生をさしていうようになり、芝のある場所にたむろすることを「芝居する」というように動詞化しても使われた。室町時代になり、猿楽(さるがく)・田楽(でんがく)・曲舞(くせまい)などの勧進興行が露天に舞台を構えて行われ、柵(さく)で囲った芝生がその見物席にあてられたことから、芝居はとくに芸能の見物席の意味をもつようになった。見物席に桟敷(さじき)が設けられるときは、桟敷は高価で貴族向けであったため、芝居は一般大衆席にあてられた。近世初頭に歌舞伎(かぶき)が成立すると、これは元来庶民的な芸能であったことから、芝居ということばが拡大され、ついに見物席を含めた劇場全体をさすようになり、さらにはそこで演じられる歌舞伎そのものをもさすように転じた。同時に「操(あやつり)人形芝居」などの語も生まれる。したがって、「芝居」ということばは、劇場・演劇・演技など多義をそのなかに含みもつ、あいまいなことばである。そして、そのことが日本演劇のユニークな性格を象徴することにもなっている。」

大体,大同小異に見える。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/si/shibai.html

も,

「芝居は、鎌倉時代に入ってから見られる語だが、当初は芝の生えている場所をいう現在 の「芝生」の意味で用いられたり、酒宴のために芝生に座ることをいった。 室町時代に なり、寺の本堂などで猿楽や田楽・曲舞などの興行が行われ、大衆向けに芝生を柵で囲った見物席が設けられたため、見物席を『芝居』というようになった。江戸時代になると歌舞伎が演劇として成立し、見物席を含む劇場そのものを『芝居』というようになり、さらに、劇場で演じられる演劇自体を『芝居』と呼ぶようになって、役者の演技も意味するようになった。」

とあるし,『舞台・演劇用語』

http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/shibai.htm

も,

「室町時代、『芝居』は神様に捧げる神事でしたので、上演される場所は神社の中でした。神事なので、人間が観る場所(客席)は当然ありません。そこで、人々は神社の中の芝生に座って観るようになりました。芝生に居る(座る)、ここから『芝居』という言葉が生まれたのです。」

とある。しつこく引用したのは,

「芝生」

という言葉を当然のように使っているからだ。これに違和感がある。これらの語源説だと,今日のような芝生を張った庭園を思い浮かべるはずだ。しかし,僕の記憶では,どこだったか,ある大名が初めて西洋式の芝生を張った庭園というのを見た記憶があり,明治以前は,芝生を張る習慣は,一般には,日本にはなかったはずだからである。

阿国歌舞伎.jpg

(「この頃、かぶき踊りというものが踊られた。出雲の巫女を名乗る国という女性が、京に上り変わった風体の男の扮装をして踊った」『当代記』)


「わが国では平安時代に造園に利用されたともいわれ、『作庭記』にそれらしい記述がみられる。江戸時代に入ると、庭園材料として上流階級の間で築山に利用されるようになった。明治時代に入って外国人が居住するようになると、芝生は西洋庭園や公園にも盛んに利用され、一般に広まった。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)

日本では、大名庭園などで芝生が栽培されていたが、本格的な普及は明治以降とされるはずである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D

にも,

「万葉集や日本書紀の和歌に『芝』の記述が見られるものが、日本の歴史上確認されているなかでもっとも古い。ここでの芝は、おそらく自生する日本芝の一種の野芝である。一方で、平安時代に書かれた日本最古の造園書『作庭記』には、『芝をふせる』という記述が見られるために、芝が造園植物材料としてこの時代には認識されていたものと思われる。また、明治時代に入り諸外国との交流が活発化すると、各地で西洋芝が導入された。」

とある。そう思って,『大言海』を見ると,「しばゐ(芝居)」について三項目別に立て,

「芝生の地に居ること」

「芝地の上に,席などを敷きて,坐ること(京都にて,原を芝と云ふ)」

「(又,しばや,慶長年中,出雲の巫女(かんなぎ),阿国,京の四条河原に芝居して演ぜしより云う)演技の一。歌舞伎の異称。近年書生などの,現代の世話事を演ずるものあり,書生芝居。壮士芝居,新派など云ふ。演劇。」

こう見ると,すべてを一括りにしてしまう解釈がいかに濫妨かが知れる。

先ずは,芝生に居る,という意から,その特殊例として,「芝地の上に,席などを敷きて,坐ること」になり,さらに,阿国歌舞伎へと広がった。

大事なのは,「芝生」は,「原」つまり,雑草の生えた原っぱ,である。もっと突っ込んでいえば,

地べたに直に坐っている,

ということである。これなら意味はある,というよりそれ自体で,既に身分,ありよう,風体までが決めつけられていることになる。さらに,本来は,「芝居」は,

歌舞伎,

を限定して指していた,ということが知れる。それが演劇一般に広まったのである。

https://middle-edge.jp/articles/GcZxP

には,

春日若宮おん祭,

についての話が出ており,

「神様に対して、あらゆる芸能をお見せすることで「おもてなし」をします。このお旅所の地面が芝生なんです。そして芸能を行う場所は『芝舞台』。お客は芝に座って奉納される芸能を見てきました。」

とあり,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E5%B1%85

に,

「もともとは、猿楽等の芸能を寺社の境内で行った際、観客は芝生に座って鑑賞していたことから、見物席や観客を指して『芝居』と呼んでいた。これが徐々に能楽や舞踊等の諸芸を行う場所全体を指す言葉になり、そこで行われる芸能(特に演劇)や、演技の意味にまで転じた。」

まさに,舞台から見ると,

「芝に居る」

のである。

参考文献;
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1075
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E5%B1%85
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

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