2017年04月22日

てんてこまい


「てんてこまい」は,

てんてこ舞い,

と当てるが,『広辞苑』は,

「天手古舞」のは当て字,

とする。意味は,

ひどくいそがしくて落ち着かないこと,うろたえて騒ぐこと,

とある。忙しくて,テンパった状態で,慌てふためいている,ということだろう。最近あまり使わない気がする。『大言海』は,

太鼓の音にて舞ふこと(里神楽などの),
狼狽(うろた)へてさわぐこと,あわつること,
きりきりまひ,いそがわしきこと,

と,三段に分けて意味を分ける。「太鼓の音にて舞ふ」が語源ではないかと推測させる載せ方になっている。『日本語源広辞典』は,

「テン(太鼓の擬音・てんつくてん)+テコマエ(梃前)」

とする。さらに,

「テコマエは,木遣りにテコを用いて運びやすくする人,祭礼で神輿の先頭に立って歩く者のことです。この梃前の『前(人)』が転じて,『舞い』になり,ひいて,忙しくて落ち着いていられない意を表します。」

とある。しかし,「梃前」が,なぜ忙しい意なのか,は伝わってこない。『語源由来辞典』,

http://gogen-allguide.com/te/tentekomai.html

は,

「『てんてこ』は,祭囃子や里神楽で用いる小太鼓の音のことで,その音に合わせて慌ただしく舞う姿から『てんてこ舞い』と呼ばれるようになった。一説には,男姿をした女性が山車や神輿を先導して舞った舞を『手古舞』といい,『てこまい』が変化して『てんてこまい』になったといわれる。漢字は『天手古舞い』と当てられるが,当て字の由来は『手古舞』からと考えられる。」

として,「てんてこ」というたいこのとに合わせる踊り,のせわしなさを指している,とする。この方が腑に落ちるし,『大言海』の説明ともつながる。。

「てこ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/418812600.html

で触れたように,「手古舞」の「手子」は,「梃子」とも当てる。

「手助けをする者。鍛工・土工・石工などの下回りの仕事をする者。てこの衆」

という意味で,「梃の衆」あるいは「手子の衆」は,

梃を使って働く人々,土工,石工など,下働きの人。手子,梃の者。

である。このため,「手古舞」は,

梃舞,

の当て字,とある。『江戸語大辞典』には,

梃子舞,

の項に,

梃子をもって材木の運搬を容易ならしめる役,

がまず載る。その次に,

祭礼の時,木遣音頭をうたいながら山車の行列の前駆をする鳶人足,

と出る。『広辞苑』には,「手古舞」について,

「(『梃前(てこまえ)』の当て字)江戸時代の祭礼の余興に出た舞。もとは氏子の娘が扮したが,後には芸妓が,男髷に右肌脱ぎで,伊勢袴・手甲・脚絆・足袋・草鞋を着け,花笠を背に掛け,鉄棒を左に突き,右に牡丹の花を描いた黒骨の扇を持って,あおぎながら木遣を歌って神輿の先駆けをする,」

とある。しかし,本来は,手古舞は,

山王祭や神田祭を中心とした江戸の祭礼において,山車を警護した鳶職のこと,

といい,もとは「てこまえ」といった。現在は,この「てこまえ」の姿を真似た衣装を着て祭礼その他の催し物で練り歩く女性たちのことをいうようになった。「てこまえ」とは,

梃子前,

と書き,木遣りのとき、

梃子を使って木石などの運搬を円滑にする役,

を指す。言うまでもなく,木遣りとは,

1202年(建仁2年)に栄西上人が重いものを引き揚げる時に掛けさせた掛け声が起こりだとされる,

掛け声であり,それがが歌に変化し,江戸鳶がだんだん数を増やした江戸風を広めていった。今日,これが残っているらしい。「梃子」は,ここでは,手伝い,という意味だろう。かつては,鳶や大工は,町内で何かあれば,必ず手伝いをしたものだ。だから,

てこずる,

も,

手古摺る
手子摺る
梃摺る

と当てる。手古舞については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E5%8F%A4%E8%88%9E

に詳しいが,

手古舞.jpg

(「風俗三十二相 にあいさう 弘化年間廓の芸者風俗」 明治21年(1888年)、月岡芳年画。祭礼の手古舞ではなく、吉原の俄に出た芸者が手古舞の格好をしたもの。)

「鳶職はその名が鳶口を扱うことからきているが、江戸時代にはほかに『てこ』または『てこの者』とも呼ばれていた。これは鳶の者が土木作業をする際に、手棍(てこ)を使って木や石を動かしたことによる。当時の江戸の町の鳶は、山王・神田の祭礼のときには山車を組み立てその山車を置く山車小屋を建て、さらにその山車を引き回すときには付き添って、木遣を唄いながら警護するのを役目とした。このときの山車に付き添う鳶のことを『手棍前』(てこまえ)と呼んだ。『前』というのは、山車の前に立って道を行き警護したことによるという。『手棍前』は『手古舞』とも書いたが、「舞」というのは当て字らしく、特に祭礼に当たって何か踊るというわけではなかったようである。その格好は派手な着付けにたっつけ袴、花笠(またはざんざら笠という菅笠)を用いるというものであるが、袴をはかず着流しで東からげにするというのもあった。のちに芸者や氏子町の娘たちがこの「手棍前」の格好を真似て、これも山車の引き回しに付き添うようになった。これが現在見られる『手古舞』の起こりである。本来の鳶職による『手棍前』の風俗は幕末にはすでに廃れてしまったものらしく、菊池貴一郎著の『江戸府内絵本風俗往来』には、山車を警護する鳶の『手古舞」の姿が揃いの『印袢纏』であると記されている。しかし歌舞伎や日本舞踊では今もその姿が残されており、往時を偲ばせるものとなっている。』

とある。こう見れば,「手古舞」は,

あわただしく動き回ること,うろたえて騒ぐこと,

にはつながらない。『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E3%81%A6%E3%82%93%E3%81%A6%E3%81%93%E8%88%9E%E3%81%84

にも,

「『てんてこ』は里神楽や祭囃子などでたたく太鼓の音のこと。それに合わせてせわしなく舞う様子からたとえていうもの。「天手古」と書くのは当て字。」

とある。「てんてこ」は,擬音語「てんてん」から来ている,と見るのが妥当だろう。それを,「手古舞」に準えて当て字したのだから,「梃子前」の当て字の当て字,ということになる。『日本語源大辞典』には,

「テンテコは締太鼓の音で,それに合わせて舞うことから(上方語源辞典),
テン・テコ・マイデ,テンは太鼓の音(現代語語源小事典),

と,太鼓派が多数のようである。

「てんてん」は,

「小太鼓などを警戒に打つ時の音」

であり,例の相撲の触れ太鼓である。因みに,濁って,「でんでん」となると,

太鼓の音,

で,かつての,

八つの太鼓,

という重々しさである。ただ,

でんでん太鼓,

は,

「鈴などをつけた太鼓の柄を振ると鈴が太鼓を打って鳴るおもちゃ,

に変る。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
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